『明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎』 矢内賢二 著 白水社

もしかして、五代目菊五郎って、今の勘三郎の前世じゃね!?
空飛ぶ五代目菊五郎空飛ぶ五代目菊五郎
正直、あまり読みやすい本ではなかった。
五代目のエピソード、芝居の粗筋、著者の意見が漫然と入り乱れ、何度も本をブン投げたくなった(笑)。
でも、魅力的な五代目に、とことん付き合いたくて、読了できた。

幕末から明治にかけての、日本の大きな転換期。
十二代目市村羽左衛門を父として、三代目尾上菊五郎の娘を母として、梨園では申し分無い家柄に生まれた五代目菊五郎。
しかし、決して偉そうに、ふんぞりかえっているような役者ではなかった。
客を喜ばせるためなら、次々と流入する西洋の文物だろうと、陰惨なゴシップだろうと、戦争活劇だろうと、貪欲に歌舞伎に取り入れていった。その中には、昨今では演じられなくなった演目も。これらを「キワモノ歌舞伎」と呼ぶ。

彼の時代、歌舞伎は伝統芸能ではなく、流行の最先端だったのだ。

そんな彼の舞台を支えたのは、脚本家 河竹黙阿弥。
心と言葉で客を感動させる黙阿弥。外見から真実に迫る菊五郎。
特に、黙阿弥が菊五郎のために書いた『弁天小僧』は、今に続く名作だ。

彼はとにかく、ホンモノであること、「写実」にこだわった。
綿密な取材をして、舞台セットや衣装を、なるべく本物そっくりに作らせた。また、彼の優れた身体感覚で、人物の仕草や動作まで真似てみせた。
西洋人の歩き方や、落語家 三遊亭円朝のうつ向き笑い。本人を知っている人からは「そっくり!」と驚かれた。

観客は、必ずあっと驚かせてくれる五代目に喝采した。旺盛なサービス精神とフットワークの軽さは、曾孫である、今の十八代目勘三郎にも受け継がれているようだ・・・・・っていうか、五代目の写真を見ると、今の勘三郎・勘太郎親子と、よく似てる!

晩年は、川上音二郎を始めとする壮士芝居に押されぎみに。五代目自身も脳溢血で倒れ、麻痺の後遺症に苦しみながらの舞台となった。担架で運ばれるときも「野暮だ」と言って、着物や運ばせ方に注文をつけ、医者をブチ切れさせた。私生活でも、役者であることを忘れなかった。

黙阿弥は言った。
「七十七以上に生き延びれば、戦争に出逢うであろう、しかも西南の役のようなのとは違って、外国と始まるだろうから」
その予言めいた言葉どおり、日清戦争が始まる前年の明治26年に78歳で死去。

明治36年には、菊五郎が死去。そして、後を追うように、九代目團十郎、翌年には、初代市川左團次も死去。「團菊左時代」を築いた名優たちが次々に亡くなった後、歌舞伎は急速に保守化。日本は、泥沼の戦争に突入していくことになる。

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Commented by oomimi_usako at 2009-08-04 21:22
ブン投げたくなるような御本では困るなあ・・・と思いましたが、後に続くjuneさまの解説で、殆ど読んだつもりになりました。えへへ、ありがと♪
Commented by june_h at 2009-08-06 20:23
私の感想では、五代目の話が中心ですが、実際は、当時上演されていた歌舞伎の演目の紹介が主でした。いや~ほんとに、読みにくかったんですよ。編集さん、しっかりして!って思いました(笑)。usakoさまは、五代目のことはご存じだと思いますので、この本はあえて読まなくても(爆)・・・・・という感じです(^^;
by june_h | 2009-08-03 21:11 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(2)