「編集長「秘話」」 伊藤文学 著 文藝春秋

男性同性愛者向け雑誌『薔薇族』編集長だった、伊藤文学さんのエッセイ。

編集長「秘話」

伊藤 文学 / 文春ネスコ


出版社を経営していた父親の後を継いだ著者は、売れない文学作品ばかり出して赤字を積み上げるそれまでの経営方針を嫌い、ポルノ路線に方針転換。会社の経営を安定させることに成功する。

自慰に関する本を出版したとき、何人かの男性読者から「実は私の対象は、男性なのです」という手紙が届く。
このときのカルチャーショック、そして少なからず存在することがわかった同性愛者。
彼らに向けた本を「出せば売れる」と確信した著者は、雑誌を構想する。

周囲の猛反対を押し切って1971年に創刊された『薔薇族』は、著者の予想以上に、熱狂的に受け入れられた。
自分は精神異常者ではないか、こんな性癖は自分だけではないか・・・・・悶々と悩んでいた読者達は、孤独感から解放されたと、歓喜と感謝の声を上げた。特に大人気だったのは、読者同士が交流できる文通欄。やがて、才能ある同性愛者達が、次々と著者の元に集まり、誌面作りに協力するようになる。

しかし、『薔薇族』の歴史は、発禁、差別、偏見との戦いの歴史でもあった。
掲載写真が「猥褻だ」という理由で、何度も警察から呼び出された。文通欄を悪用し、同性愛者を脅迫する者もいた。また「ノンケ(異性愛者)の編集長に何がわかる」と、読者から批判されることもあった。

特に、世間から糾弾を受けたのは、HIVが日本に上陸したときのことだった。
1985年、日本人第1号の感染者は、米国在住の男性同性愛者だと発表されたことで、同性愛者に対するバッシングが激しくなった。
しかし、著者の「同性愛者人脈」を使って八方手を尽くしても、とうとうその「感染者第1号」を見つけ出すことはできなかったのだ。

著者は推測する。
そんな人物は、いなかったのではないかと。
実は、このとき、HIVに感染した疑いのある、輸入非加熱製剤を使った血友病患者が亡くなっていた。患者第1号が血友病患者だと都合が悪い厚生省と製薬会社が、架空の同性愛者をでっち上げたのかもしれないのだ。
もし、このとき誠実な対応がなされていれば、後の薬害エイズ問題は、もっと早く明るみになっていたかもしれない。
事実なら、血友病患者だけではなく、同性愛者まで陥れたということになる。

誌面では何度も、HIVが騒がれる前から、性病について特集している。
著者自身は、大義やイデオロギーのためではなく、読者が喜んでくれるから、毎日一生懸命、原稿に向かっていたという印象だ。

近年、インターネットの普及で雑誌が売れなくなっているが、『薔薇族』も2004年に廃刊。その後、不定期に復刊されているものの、今ではネットに著者のページやブログがある。

読者の多くは、公にも家族にも真実を話せないまま、この世を去った者が多かった。日本人なら知らぬ者の無い超有名人が、偽名で投稿してきたこともある。著者の元で働いていたスタッフの多くも、最後まで本名や素性を明かさなかった。
今でも偏見は多いだろうが、『薔薇族』が出る前よりも、同性愛者にとって生きやすい世の中になっているとしたら、著者の功績は大きいと思う。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
[PR]
トラックバックURL : http://juneh.exblog.jp/tb/10159515
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by june_h | 2009-08-29 13:07 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)