「毛沢東のバレエダンサー」 リー・ツンシン 著 徳間書店

毛沢東にも「喜び組」がいた!・・・・・ウソです(笑)。
中国農村で生まれた男の子が、アメリカのバレエカンパニーのプリンシパルダンサーになるまでの、数奇な運命を描いたエッセイです。

毛沢東のバレエダンサー

リー・ツンシン / 徳間書店


文化大革命後の1960年代の中国。毛沢東の妻、江青の発案によって、国家的にバレエダンサーを育成する計画がスタートしました。

食糧や教育が満足に無い、山東省の貧しい農村で育っていたツンシンは、身体的な素質を見込まれ、北京の学校でバレエの英才教育を受けることに。

バレエの何たるかもわからず、突然、親兄弟から引き離され、つらい基礎練習ばかりに追われる日々に戸惑う彼。

しかし、家族を助けなければという思いと、持ち前の粘り強さと素直さで、徐々に頭角を現し、バレエの楽しさにも目覚め、ついには、学校のトップダンサーに。研修生として渡米後は、そのまま亡命。アメリカやオーストラリアで活躍するダンサーになりました。

彼の人生は「私は金正日の「踊り子」だった(申英姫 著 徳間文庫)」とそっくり!
共産主義の国で、国家的なダンサー育成プロジェクトに選ばれ、ダンスの技術と「思想教育」を徹底的に叩きこまれる。そして、「資本主義」の国で祖国の教育に疑問を持ち、亡命を決意する・・・・・。

そもそも、バレエは「資本主義国」で生まれたものなので、そのダンスのトップを目指すということは、どうしたって矛盾が出てくるんですよね。
『ジゼル』を観ながらキャラクターを「政治的に」批判したり(笑)。
生徒はともかく、あんまりバレエに肩入れすると「思想的に問題だ」ってことで逮捕されちゃうんで、教える側も大変です。

彼が舞踊学校に入ってからは、毛沢東の死、江青を含めた「四人組」の失脚、鄧小平の台頭など、政治は混乱し、学校の方針もクルクル変わりましたが、彼自身は、真っ直ぐ真面目に努力し続けました。
これには、育った環境と、両親の教育が大きかったと思います。

餓死者が出るほどの貧しい村。わずかな干芋を家族で分け合いながら生きる日々。
貧しいながらも、母親や兄弟達が見せるツンシンへの愛情深さに、何度、目頭が熱くなったかわかりません。
ツンシンも、自分が主役に選ばれても、ほかの人に譲ろうとしたり。アメリカに向かう機内でのスチュワーデスのサービスに感激し、皿洗いをしたいと申し出たり(笑)。
とても謙虚で素朴な人柄なのです。
ダンサーとして、豊かな暮らしができるようになっても、幼いころの、干芋だけの食卓を決して忘れなかったそうです。

どんなに貧しくても、正直に誇り高く生きなさいと教えた両親の慈しみこそが、何よりも素晴らしい教育だったのだと思います。

<中国語>
李存信(Li Cunxin)是舞蹈家。

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by june_h | 2009-10-08 20:51 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)