「牛を屠る」 佐川光晴 著 解放出版社

北海道大学法学部を卒業後、出版社に就職するが、社長とケンカして、わずか1年で退社した著者。転職活動中、ハローワークで食肉加工場の仕事を紹介される。いわゆる「屠畜場」だ。
牛を屠る牛を屠る
「ここはオメエみたいなヤツの来るところじゃねえ」と怒鳴られつつ作業服を着て向かったのは、強烈な臭いと、家畜の体液、臓物、糞尿が飛び散る現場。
1日経たずに逃げ出す人も多い中、彼は、この仕事にどうやら「向いて」いたらしい。

初日から淡々と作業をこなし、解体するセンスも良かった。最初は、どうせ冷やかしで来たんだろうとタカをくくっていた職人達も、彼に目をかけるようになり、いろいろな仕事を任せるようになった。

「屠畜場の本」というと「生き物の尊厳を大切に!」とか「部落の解放!」とか「労働者の権利を守れ!」とか、熱い文脈が付き物と思うが、これらは、彼のナイフさばきよろしく淡々と描かれている。

いくら機械化されているとはいえ、500キロを超える牛を解体するのは重労働。牛の体温で、冬も冷房が無いと暑く、ちょっとでも油断するとナイフで大怪我をしてしまう。仕事の後は、手に力が入らず、茶碗を持つ手が震えるほど。気づけば筋骨隆々の腕に。

映画『いのちの食べ方』を観たので、中の様子は大体、想像がつくものの、特に、病畜を処分する描写は、想像するとキツい。人間のために散々働かされたのに、最後もこんな扱いなんて・・・・・と思ってしまう。

彼は敢えて「屠殺場」という言葉を使っている。自分達がやっている仕事を考えると、この言葉が一番しっくりくるし、何より中で働く人達が「屠殺場(とさつば)」と呼んでいるからだ。

働いている人達は、被差別部落出身者ばかりと思われがちだが、そうでもない。
著者のように、ハローワークの紹介で来た人もいるし、パチンコや競馬場などの遊興場で「紹介」された人も多い。
というのは、この仕事は、午前中で終わってしまうことが多く、自由に休みも取れるので、昼から酒も飲めるしギャンブルもできる。例えば、競馬場で
「真っ昼間からいつも来ているけど、よくカネが続くねえ?」
「実はこういう仕事をしていてね」
「じゃあオレもやってみようかな」
みたいな会話がきっかけになるらしい。
慣れてしまえば「まあいい仕事」なのかもしれない。

だが、労働組合がしっかりしている東京芝浦の加工場は、待遇が格段に良いらしく、その点では、ちょっと文句を言っていた。

小説で新人賞を取ったことを機に、工場を辞め、文筆業に専念した著者だが、描写を見ると、自分の仕事にこだわりと誇りを持っていたことがよくわかる。

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by june_h | 2009-10-17 09:51 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)