『耳で考える 脳は名曲を欲する』 養老孟司×久石譲 角川書店

脳解剖学者の養老孟司さんと、作曲家の久石譲さんの対談本です。

目と耳から入ってくる情報は同時だと思ってしまいますが、脳内では、視覚情報と聴覚情報は別々に処理されているものだそうです。なので、映像と音楽を脳で処理する時間にズレがあります。
そのため、久石さんが宮崎駿の映画を作るとき、映像にピッタリ合わせて音楽を作ると、映像より先に音楽の方が早く聞こえるという現象が起こるそうです。

また、聴覚を司る耳は、最も原始的な器官。そのため、聴覚は、情動や本能を司る大脳辺縁系に作用するんだそうです。
それと関係しているかどうかはわかりませんが、私は、顔が良くて声が悪い役者と、顔が悪くて声が良い役者なら、断然後者が好きです。声って、なんかこう、身体にくるっていうか、官能的なのよね(*^0^*)

それから、音楽について。
久石譲さんの音楽は、情緒的なメロディのものが多いのですが、感情を込めて作ろうと思ったことは無いそうです。
長く広く愛される曲は、論理的で計算されていて、楽譜の見た目も、よくできた数式のように、美しいんだそうです。
それを目指すために、主観や情感を排するんだとか。でも、譲さんの主観と思い入れたっぷりの曲があったら、ちょっと聴いてみたい気がします(^^;

最近の若い者は・・・・・というわけではありませんが、若者の「身体の感覚器官が落ちていること」には、共通してお二人とも懸念があるようです。
二人の対談から、ほかにもいろんなことを考えましたが、気に入ったのは、養老さんの次の呟き。
あれも心配だ、これも心配だというやつには、僕訊くんですよ。
「そんなに心配ばかりして、おまえ、いつ死ぬんだよ?」
「そんなことわかるわけないじゃないですか」
「それがわかってないのに、何を心配してるんだよ。世の中どうなろうと、てめえが死んじまったら関係ねえだろう」
こうすれば損するとか、ああやったら儲かるとか、「ああすればこうなる」ということばかり考えて、いろいろやっている人を見ると、
「そんなこと一生懸命考えるんだったら、背中に自分の命日書いておけ」
って言いたくなりますね。書けるか、そんなもの。


先日、父親とケンカしたときに、この言葉を早速お借りしてしまいました(^^;

あんまりグダグダ言うもんだから、

「自分の命日もわからないのに、そんなこと心配したってしょーがないでしょ!アタシだって、明日死ぬかもしれないのよっ!!」

・・・・・それから、父は、異常に家族に優しくなりました(笑)。
脅かしちゃってゴメンねパパちゃん(^^;

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Commented by oomimi_usako at 2010-01-15 09:23
“明日のことを思い煩うな”って、聖書でも言ってますね。いちいちご尤も!私もそう思うわ~。
声に惚れる・・・こちらも、賛成♪
あたくしもそうざんす。
こういう理由が関係しているのですね。
Commented by june_h at 2010-01-16 11:19
聖書にもそのような言葉があるんですね!いずれ私も聖書はしっかり読まなくては!

>声に惚れる・・・こちらも、賛成♪
usako様なら、きっとわかってくくださると思っていました(^^)

劇場でナマで観る歌舞伎や演劇は、俳優さんの声が特に重要になってきますよね!テレビで見る役者さんでも、声が良い方がいると「ナマで聴いてみたいな~」なんて思ってしまいます♪
by june_h | 2010-01-14 20:44 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(2)