「本当にこわい宮廷の物語 西洋の「大奥」」 桐生操 著 中央公論新社

サブタイトルは「西洋の大奥」ですが、中世ヨーロッパ諸国の王達は、江戸幕府の将軍の大奥のような、ハーレムを持っていたわけではありません。
その代わり?に「公式寵姫(公式の愛人)」なる制度があり、気に入った女性を寵姫として側に置きました。

寵姫達は、なんと、ほとんどが人妻!
庶民の出の女性は、わざわざ貴族の男性と結婚させて「○○公爵夫人」にしてハクをつけてから、寵姫にしたのです。フランスのルイ15世の寵姫ポンバドゥール夫人は商人の娘、デュ・バリー夫人は元娼婦でした。

彼女達の夫は、国王に妻を取られて怒るどころか、大歓迎(^^;
妻と引き換えに、地位と権力と巨万の富が約束されたからです。中には、国王に目を付けられてしまった「妻」と駆け落ちした夫もいたようでしたが、ごく少数だったそうです。

寵姫達もまた、王の権威の下、王妃を凌ぐ権勢を誇りましたが、移り気な王の寵愛が、別の女性に移ってしまえば、あっという間に何もかも失ってしまいました。場合によっては、政争に巻き込まれて、殺されることも。

寵姫という名の愛人達と浮気し放題だった王と違い、王妃が浮気することは、許されませんでした。
王妃は、王族や貴族出身ですが、王とは政略結婚がほとんど。世継ぎが生まれてしまえば、王は、愛人の城に入り浸りで、王妃は孤独に。時には、王から「寵姫と仲良くするように」と命令されることも(^^;
淋しさから浮気に走っても、バレれば実家か修道院に追放されるのがオチ。寵姫達が王妃のように振る舞う側で、じっと耐えなければならないことも。
フランス王アンリ2世の妃、カトリーヌ・ド・メディシスは、自分で産んだ子供達の養育を許されず、全て、王の愛人に取り上げられた屈辱を味わいました。

でも、王妃が女帝だったり摂政だったりといった「最高権力者」の場合は、「寵臣」を作り放題!
ロシアの女帝エカテリーナ2世には、男達のハーレムを持っていたとか(^^;

現代に残る肖像画の中で、王妃や寵姫達が美しく微笑んでいても、本当は、夜叉のように怒りと嫉妬に満ちた顔をして、地獄にいるような心持ちだったのかしら、と、あれこれ想像したりして・・・・・。
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by june_h | 2011-08-30 12:34 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)