「日本語の技術 私の文章作法」 清水幾太郎 著 ごま書房

今から30年以上前に出版された本ですが、驚くほどスラスラ読めます。
読んでいて、全然ストレスが無いのです。
スゴい文章だと思いました。

著者は、元新聞記者で大学教授になった方。
それなのに、難しい言葉も使わず、裏に綿密な思考の流れが見えるのです。てにをは一つ変えるだけでも、別モノになってしまいそうな「カミソリの刃も入らない」くらいの精密さ。

今までいろいろ読んできて、文章自体に凄味を感じたのは、芥川龍之介と丸山眞男くらいでしたけど、この方も入るかもしれません。

この本に書かれているのは、文章を書くためのノウハウではなく、根本的な精神論が中心。
「検閲が文章力を育てる。制限を設ける」
「母国語しか知らない人間は、母国語も知らない」
「常識とは一万円札のようなもの。イザという時に持っていないと困るが、わざわざ「一万円札を持っている」と自慢すればバカにされる」
など、なるほどなぁと思うことばかり。

読んでいて、ふと思いました。
言論の自由は、必ずしも真実の報道を担保するものではないんだなぁと(だからといって、言論統制しろと言っているのではないし、今の日本に言論の自由がどこまであるかは疑問なのですが)。

何をやっても「自由」なら、我田引水したり大衆に迎合したり。
信念が無いと、低きに流れてしまうものなんだなぁと。

みんな、自分が見たいものしか見ない。
たとえ、「真実」が目の前に差し出されたとしても、自分の考えに合わなかったり、理解できなかったりすれば「ウソだ!」「捏造だ!」「陰謀だ!」と騒ぎ立てるし。
どういう場合に大きな拍手が起こるかと申しますと、私が何か新しい大切なことを話して差し上げた時ではないのです。(中略)それとは反対に、聴衆が前から知っていること、夙に信じていること、それを私がいくらか巧みに…と自分で言うのは恐縮ですが・・・・・喋りますと、猛烈な拍手喝采が起るものなのです。ですから、拍手を有難く思う講演者は、自然に、苦いことは言わなくなりますし、また、聴衆が快い講演会によって学ぶというチャンスは少いものなのでしょう

大半の人にとって「真実」なんて、実は必要無いのかも、なんてね(^^;
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by june_h | 2011-12-08 12:16 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)