「日本の文脈」 内田樹×中沢新一 角川書店

内田先生と、宗教学者の中沢新一先生との対談。

日本の文脈

内田 樹 / 角川書店(角川グループパブリッシング)


二人は、同じ時期に東大で学んでいたけど、今まで会ったことはなかったそうな。
当時の学生達が、欧米一辺倒だった中で、中沢先生は、チベットに走り、内田先生は、ユダヤ人の中でも東洋的な思想を持ったレヴィナスに傾倒。

その後、中沢先生は、若くして有名に。
ちょうどその頃、内田先生は、離婚直後。娘のオムツを替えながら、中沢先生を見上げて焦りを感じていたらしい。

一方、中沢先生は、内田先生の『寝ながら学べる構造主義』を読んで、自分と同じ考えの人がいた!と、ずっと気になっていたそうな。

こうして、時を経てようやく出会えた二人が発した言葉は、
「お互い、おばちゃんみたいな男だよねー♪」

・・・・・不思議だ(^^;
内田先生が引き寄せる人は、ずいぶん前から先生とお友達だったかのよう。
学生時代は、明らかにメインストリームではなかった二人が、気付けば今では、世間で注目される存在に。
きっと、お二人共、地位や名誉を求めたのではなく、自分の心の声に従って、純粋に興味あることを突き詰めていったからですね(^^)

二人の老師曰く、長い歴史から考えれば、西洋(アメリカ)べったりで、なんでも効率主義で考えている、ここ数十年の方が異常なのだと。

二人の言葉で気づいたけど、日本が「中央集権的な統一国家」になって、まだ150年しか経っていないのだ。
それまで、千数百年間、一応は「天皇」や「将軍」の名の下に、天下は統一されていたけど、地方は各々の領主の支配が強かった連邦制だったのだわ。

小さな山形県に、空港が二つあるのは、旧米沢藩領と旧庄内藩領が、それぞれ空港を持ちたがったからだし。
原発がある地域は、戊辰戦争で敗れて以来、経済的に割を食っていた「賊軍」側に多いし。
明治時代と戦後、日本はガラリと変わったように見えるけど、地域性は、早々変わるものではないのですね。

「日本が一つ」ってのは、錯覚だったんですね(^^;
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by june_h | 2012-09-11 12:22 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)