【比較宗教編】「宗教聖典を乱読する」 釈徹宗 著 朝日新聞出版

釈先生の講義が面白いのは、ただ概要を追うだけではなくて、先生ご自身が「面白い!」「好きだ!」「ヘンだ!」と思っている箇所を話してくれるからだと思います。
で、この本には、各宗教の概要が書かれているわけですが、いくつか気になる教義や比較がありましたので、書いてみます。

宗教聖典を乱読する

釈 徹宗 / 朝日新聞出版


■ヒンドゥー教のスヴァダルマ
スヴァダルマとは、個人がこの世で為すべきこと。
ある国の王子が、隣国と戦わなくとはならなくなり、殺生をしなければならないので悩んでいたら、夢の中に神様が出て来て「自分が為すべきことを為せ」と言われた。
それで、王子は、迷わず戦って勝利したそうな。


■ヒンドゥー教の「有」と仏教の「無」
ヒンドゥー教は、仏教と神様がカブッているから、似ていると思っていたのですが・・・・・。
ヒンドゥー教では、この世は「有」だと説き、仏教では、この世は「無」であると言う。
正反対じゃん!
だから、ヒンドゥー教徒は、仏教を「異端」だと言うそうな(^^;


■「行為重視型」のユダヤ教と「内面重視型」のキリスト教
ユダヤ教には、やってはいけないことがたくさんあります。
「戒律を守るけど神様を信じていない人」と「戒律は守らないけど神様を信じている人」なら、前者の方がイイとされるのがユダヤ教です。
そんなわけで、ユダヤ教は、行為重視型の宗教と言われています。
反対に、キリスト教は、内面重視型。信仰心がとにかく大事。
だから、ユダヤ教徒が律儀にやっている割礼を、キリスト教徒は、受け継がなかったのですね!


■イスラム教の「ラーハ」
大抵の文化は、1日の時間をパブリックとプライベートの2つに分けるのですが、イスラム教の場合、パブリックな「シュグル」、プライベートな「ラアブ」、さらに3つ目の「ラーハ」に分けます。
ラーハとは、ぼんやりしたり、お祈りしたり、瞑想したりする時間です。
イスラム教では、このラーハを最も重視します。
「頑張ってる時間」と「倒れてる時間」の二つしかない私にとっては、参考になる考え方です(笑)。


■弱者のためのキリスト教
キリスト教は、迫害を受けてきた人のための、典型的な「弱者の宗教」。
「苦しめば苦しむほど正しい道を行っている証拠だ」と説く「受難の物語」があります。
これで、韓国でキリスト教が定着した理由がわかりました。
韓国人の友達曰く
「韓民族は、有史以来、平均すると、3年に1回戦争している計算になる」
そうです。
こうした過酷な歴史と、キリスト教が提供する物語がマッチしたんですね。


■神道とキリスト教の「罪」の違い
キリスト教では、「罪」は、アダムとイブが犯した「原罪」であり、人類が背負うべき重たい物ですが、神道の「罪」は、一時的な「ケガレ」の状態であって、「禊ぎ」をして流すことができると考えます。
この違いから、私は、河合隼雄先生の本にあった、長崎のキリシタンの話を思い出しました。

アダムとイブは、知恵の実を食べた後、楽園を追い出されてしまいますが、キリシタンに伝わっているこの話には、なんと、続きができていたのです!
楽園を後にするアダムとイブに向かって、神様は
「500年経ったら許してやろう」
と、言ったんだとか!!!
大事な原罪の話が「まんが日本昔ばなし」みたいな話になっちゃってたという(^^;
スゴく日本的ですよね。
でも、西洋人の学者さんは、この話を聞いて救われたんだそうです。キリスト教徒として、小さい時から原罪意識に悩んでいたからなんですって!
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by june_h | 2013-03-11 12:19 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)