「最後の色街 飛田」 井上理津子 著 筑摩書房

戦前から続いている色街、大阪 飛田のルポルタージュ。

さいごの色街 飛田

井上 理津子 / 筑摩書房


飛田は、焼失した遊廓の難波新地の代替地として大正時代に建設。
かつては、高塀で囲まれ、吉原のように大門から出入りする閉鎖された空間だった。

戦前に最盛期を迎えたが、戦後、売春防止法が施行された後、飛田の遊廓は「料亭」に。
今は「料亭」に男性客が入ると、女性店員と「恋愛関係」になることもあり、出されるお茶やお菓子に2、3万円払うシステムになっているそうな。
弁柄格子こそ無いものの、1階では、赤絨毯の上に女の子が並んで客を待っている。
この街の機能的には、出来た時からずっと変わっていない。

飛田の料亭に入ったことのある男性達にインタビューしたところ、
「不倫より健全だ!」
「人権侵害だと思うが必要悪だ!」
と言い訳するのがオカシイ(^^;

橋下徹大阪市長は、飛田の組合の顧問弁護士だったとか。
従軍慰安婦や米軍基地の一連の発言は、このことも影響しているのかもしれない。

著者は、12年かけて取材したのだが、飛田で生きる人達の口は総じて重い。
取材中、著者に罵声を浴びせたり、塩をまいたり。何かあれば取り締まりを受けてしまうからだ。

女の子達も、できることなら飛田を離れたいと思っているが、結局、戻って来てしまうことも。
十数億稼いだ料亭の経営者も、あまり幸せそうではない。正直「なんて業が深いことを・・・・・」と、私は思ってしまった。
かつて飛田に関わっていた暴力団関係者も「あまり好きな仕事ではなかった」という。

「死ぬよりマシ」「割り切ればイイとこ」だと、金のため、欲のため、生きるために続いて来たシステムなのだ。

有名な阿部定も、遊廓の前借金で搾取され続け、全国の遊廓を転々としながら飛田に来た。
彼女の過酷な運命を思うと、彼女が起こした事件は、自分の人生などなかった彼女の、たった一つの「自由」のようにさえ思えた。

私は、思った。
歌舞伎や落語に出てくる吉原は、客の男達から見た世界だから、明るくて華やかで美しい楽園なのだ。
でも、中で生きている人間の目には、同じ場所が全く違った世界に見えている・・・・・。
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by june_h | 2013-07-07 12:25 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)