「数独はなぜ世界でヒットしたか」 鍛治真起 著 メディアファクトリー

『パズル通信ニコリ』を創刊し、パズル「数独」を世界に広めた鍛治さん。
数独は、元々、「ナンバープレイス」と呼ばれていたパズルでしたが、鍛冶さんが『ニコリ』に掲載したところブームに。

数独はなぜ世界でヒットしたか

鍜治 真起 / メディアファクトリー


ブームになった背景には、『ニコリ』が元々、パズルの解き手だけではなく、「作り手」達を大事にしてきたという風土があります。
創刊初期から、アマチュアのパズル愛好家による様々なパズルが掲載され、「パズルを作る」という楽しみも、一般に広がりました。

他のパズル雑誌は、懸賞やプレゼントなど、パズルを手段とした「結果」を重視していました。
一方『ニコリ』は、パズルそのものの面白さや「解き味」を追究してきたことで、多くの人気パズルを生み出していったのです。

海外に広がったのも、鍛冶さんが売り込んだのではなく、海外の熱心なマニアや編集者が、面白がって広めてくれたのです。
共通するモチベーションは、「お金儲け」ではなく「面白さ」でした。

実は私、ニコリを創刊号から知っていて、その中のパズルを解くのが好きでした!
始めたのは、小学校の低学年だったんですが、母親のママ友が、ニコリをよく持ってきてくれていたんです。
当時、同人誌同然で、世の中にほとんど知られていなかったニコリを、その方がなぜ、どうやって手に入れていたのかは、今となっては謎ですが。

ニコリのパズルは、ユニークで奥深いのです。
ナンクロ、ナンスケ、カックロなどなど、夢中で解いて楽しんでいました。
私の目が悪くなったのは、ニコリの浮き出し迷路のせいです(^^;

懸賞パズルに応募したことで、ニコリの編集部から年賀状をもらったこともありました。

その年賀状の送り主に「鍛治真起」と書いてあって。「かじまおき」と読んでしまっていたので、ずっと、男性か女性か謎でした。
男性だと知ったのは、二十歳を超えてからです(笑)。

数独も「数字は独身に限る」という名前の時から大好きでした。
その後、勉強で忙しくなったので、ニコリからは離れてしまいましたが、父と母は、今でも大好きで、毎日、数独を解いています。

・・・・・嬉しくて、つい自分のことばかり書いてしまい、失礼しました(^^;
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by june_h | 2014-10-10 12:24 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)