『歌舞伎を救ったアメリカ人』 岡本嗣郎 著 集英社

戦後、上演禁止の憂き目に遭っていた歌舞伎を復活させたアメリカ人、フォービアン・バワーズの物語。

歌舞伎を救ったアメリカ人 (集英社文庫)

岡本 嗣郎 / 集英社


うだつの上がらないピアニストだったバワーズは、ガムランの音に魅せられ、インドネシアへ向かう船に乗り込みます。途中立ち寄った日本で、寺と間違えて歌舞伎座にフラリと入ったのが運のツキ、すっかり歌舞伎に夢中になり、そのまま日本に居ついてしまうのでした。

英語教師のアルバイトをしながら、歌舞伎観劇と日本語の勉強に明け暮れる毎日。しかし、時代は太平洋戦争の真っ最中。戦況の悪化に伴い、米軍スパイの嫌疑を掛けられることを恐れたバワーズは日本を離れ、東南アジアで、日本軍の暗号解読などの軍役に就くことになります。その後、卓越した日本語力を買われ、マッカーサーの副官兼通訳として、日本の地を再び踏みます。

しかし、戦後の日本には、バワーズの愛した歌舞伎はありませんでした。なぜなら、主君のために死ぬ武士や仇討ちを描く歌舞伎は、封建社会や軍国主義を礼賛するもので、「民主国家」を目指す日本にそぐわないとして、GHQに上演を禁止されていたからです。

それを知ったバワーズは、歌舞伎を復活させるために奔走します。仕事も食べ物もない役者達を物質的に援助しつつ、上官や検閲官に対する陳情、歌舞伎による米兵の慰問など様々な手を尽くしますが、なかなか埒が開きません。業を煮やしたバワーズは、マッカーサーの副官の地位も待遇も捨て、民間人として自ら検閲官となり、歌舞伎の上演をついに許可させます。全ての演目が解禁されたのを見届けたバワーズは、インド人の妻と共に、アジアを放浪する旅に出ます。

そんなわけで、バワーズは「歌舞伎を救うために神様が遣わしてくれた人」だと、多くの歌舞伎役者に今でも尊敬されています。中でも特に、パワーズに感謝していたのは、初代中村吉右衛門とその妻。吉右衛門の得意とする芸は、まさに、GHQがやり玉に挙げた時代物。バワーズがいなければ、吉右衛門は廃業せざるを得なかったでしょう。何度目かにバワーズが来日した際、病床にあった吉右衛門は、バワーズのために無理を押して『熊谷陣屋』を演じ、その半年後に亡くなります。彼なりの恩返しだったのだと、涙を誘います。

本の随所にちりばめられた歌舞伎役者のエピソードは、どれもとても興味深いものです。マッカーサーの副官である地位を利用して、主役級の役者ばかりを集めて上演させ、松竹のオエラ方を困らせたバワーズの「職権濫用」ぶりも微笑ましい。また、言論の自由を謳いながらも、為政者に都合の悪いことはしっかり弾圧していたGHQの矛盾を、本書を通して知ることができます。惜しむらくは、話がしょっちゅう前後して読みにくかったこと、くらいでしょうか。

それにしても気になるのは、どの歌舞伎関係の本にも必ず出てくる、十五世市村羽左衛門。
西洋人の血を引き、永遠の前髪(二枚目)役者と言われた伝説の歌舞伎役者。洒脱で色を好み、彫りの深い顔立ちを見せつけるかのように、横顔で見得をきったそうな。バワーズが一目惚れしたのは、『仮名手本忠臣蔵』で塩冶判官を演じていたこの羽左衛門だったとか。マッカーサーと共に日本に降り立ったバワーズが開口一番、
「羽左衛門は元気か?」
と尋ね、居並ぶ記者達を驚かせたのは、語り草になっています。

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by june_h | 2007-02-22 15:36 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)