『渋沢家三代』 佐野眞一 著 文藝春秋


「栄一は文明開化のにおいをあたりにまきちらす楼閣から、古河、大倉、浅野をはじめとする新興企業グループを、精力絶倫の男が片っぱしから女をかえて孕ませるように、次々と世に送りだしていった」


佐野眞一のノンフィクションは面白い。佐野眞一の文章も面白い。少しでも文学的にしようと、一生懸命がんばっているのが微笑ましい。でもこの文章はなかなかニヤリとさせられる。幕臣から明治政府の要人、果ては実業家として明治期に活躍した渋沢栄一は、多くの企業を生んだ経済人であり、多くの妾と子供を作った猟色家でもあった。
この本は、そんな渋沢栄一と、息子の篤二、孫の敬三の三代に渡る、渋沢家の物語だ。

動乱期の幕末、栄一は、埼玉深谷の豪農出身で、一代で財を成し、渋沢家繁栄の基を「築いた」人であった。しかし、息子の篤二と孫の敬三は、偉大な栄一が築いた家を「守る」ため、栄一と彼の周囲の期待と重圧に、生涯翻弄されることとなった。

息子の篤二は、家の重圧を抱えきれなくなり、家業を捨て、妾宅で放蕩三昧の生活を送ったため、栄一に勘当されてしまう。残された敬三は、わずか10歳で、渋沢家次期当主の重圧を背負うことになってしまった。彼は、複雑な家庭環境のストレスから、不眠症を患い、体力的にも精神的にも不安定な思春期を送る。

しかし、敬三は、自分と母を不幸のどん底にたたきつけた父を恨んではいなかった。ロンドンに赴任しているとき、友人に充てた手紙で、
「僕は今父の気持ちもいじらしいのだ。けしからんと簡単にはいえないのだ。真から父を気の毒に思う。父は今人知れず、時々母や祖父や我々に、真底許してくれといって泣いていることと思う。どうして父に対して怒れよう。」

と、父を思いやっている。また母に対しても
「人生が淋しいとはつらいものですね。しかしこれも重荷を負った人の子のつとめです」

と健気さを見せている。

これは私の勝手な想像だが、ロンドンに赴任して、家や親戚から距離を置くことで、自分の身の上や父母を客観的に眺められたのではないかと思う。それまでは、母の苦しみや親戚達の悪口で、敬三の心はがんじがらめになっていたのではないかしらん。

敬三はその後も渋沢家当主として銀行経営をする一方、父と妾の面倒を見続ける。父が亡くなったときは、母を苦しめた妾に頭を下げ、遺骨を譲ってもらうことまでした。

篤二も決して、父の栄一が憎いわけではなかった。忙しい栄一の背中を愛していた。篤二は芸術を愛する、心優しい男だった。ごく普通の家庭なら、栄一と仲良く暮らせたはずだ。

佐野眞一は、篤二と妾と渋沢家の関係を、当時の電話帳から、探し当てた。一冊の電話帳から渋沢家の人間ドラマをあぶり出す佐野眞一の取材力はすごい。

やっぱり佐野眞一は面白い。「華麗なる一族」も真っ青になる、濃紺の濃密な一冊。

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by june_h | 2007-06-14 21:37 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)