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『死化粧師』 三原ミツカズ著 祥伝社

「愛する者をエンバーミングできるか?
いや愛しているから他の死体のようには扱えない
いや 愛しているから自分の手で美しく送ってやりたい
どちらがより深い愛情行為なのか」

日本では馴染みの薄い「エンバーミング」を扱った漫画。

死化粧師 1 (Feelコミックス)

三原 ミツカズ / 祥伝社


エンバーミングとは、遺体を消毒、保存処理を施し、また、必要に応じて修復し、長期保存を可能にしようとする技法のこと(ウィキペディアより)。
火葬が一般的な日本では、ほとんど知られていませんが、土葬が多い欧米では当たり前のように行われているそうです。

主人公は、天涯孤独なエンバーマー、心十郎。クールなハーフの美少年。でも寂しがりやで甘えん坊という、女心をくすぐるツボを押さえたキャラです(笑)。
彼は日本で、エンバーミングに対する無知と偏見と戦いながら、様々な人の人生と死に、向かい合います。

死んだ新妻と離れたくなくて、彼女の遺体と共に逃亡する男性。
これから自殺するから遺体をキレイに着飾って、と頼む少女。
「誰の思い出にも残らないで消えるのがさびしい」とホスピスで孤独に泣く、若い独身女性。

エンバーミングを通して浮かび上がってくるのは、現代の日本人の死生観だったり、医療問題や社会問題だったりします。

心十郎のエンバーミング技術は一流ですが、人の死や遺体を、決してスーパーマンのようにズバズバとサバいていくわけではありません。人の死に対して、真正面に向き合うたび、いつも迷ってしまう。彼自身も、父と母を亡くし、愛情に飢えている「弱さ」を持っている。でもその「弱さ」を、自分で認め、抱えているからこそ、遺体の「声」を感じ、亡き人の運命に深く入りこむことができる。
弱いことって、決して悪いことじゃない。むしろ、人間的な弱さを持っていなければ、エンバーマーは務まらない。読んでいて思いました。

「エンバーミングで遺体を温めることはできません。でも人の心を温める事はできるんです」

私はエンバーミングに対して、最初あまり良い印象を持っていませんでした。遺体をあんまりキレイにしたら、故人に対する余計な執着を生むんじゃないかって。

でもこの漫画を読んでいて、エンバーミングは、亡くなった人の尊厳を守るだけではなく、残された遺族のグリーフケアになることがわかりました。

読んでいて思い出したのは、私の友人の死でした。
その友人は、小学校のときからの友達で、生まれつき体に障害がありました。ワガママで、よく癇癪を起こす人ではありましたが、それが彼女にとって、生きる力であり、叫びでした。常に病気を患っていて、苦しみ苛立つ顔しか、私は知りませんでした。
数年前、二十代で亡くなり、お通夜で棺の彼女と向かい合ったとき、今まで見たこともない、穏やかで美しい彼女が眠っていました。
「こんなにキレイな人だったんだ・・・・・でも、死に顔が一番美しい、って思うなんて・・・・・」と、罪悪感を覚えるくらい悲しかった。でも、それと同時に、彼女の安らかな顔を見て、遺族は安堵し、解放されたのも感じました。

私の個人的な感覚では、CLAMPの『東京BABILON』と、手塚治虫の『ブラックジャック』を足して2で割ったような雰囲気の漫画。
エンバーミングとは何か、どうやったらエンバーマーになれるのか、などなど、エンバーミングの基礎知識がわかるのはもちろん、1話完結型で、完成度の高いエンターテインメント性も十分。
連載雑誌がマイナーなせいか、あまり知られていないようですが、とても良い作品だと思います。

でも「死化粧師」ってタイトルは、もっとどうにかならなかったのかねー(笑)。まあ、「エンバーミング」の概念を、なんとかして読者にわかってもらいたいっていう、苦労のあとが感じられるタイトルではあるけど・・・・・。


<関連リンク>
「エンバーミング」(ウィキペディア)

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by june_h | 2007-06-21 21:20 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)