『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』 佐野眞一 著 文藝春秋

民俗学者の宮本常一と、彼を経済的に支えた実業家、渋沢敬三の物語。

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とにかく二人ともスケールがデカい!

宮本常一は、フィールドワークのために日本各地を歩き回り、宮本常一の足跡を赤く塗りつぶすと日本列島は真っ赤になる、と言われるほどの人。
机上の空論ばかりを書き並べる学者とは違い、生涯のほとんどを旅に費やした彼は、徹底して足で取材し、名も無い人々の声に耳を傾け、肌で感じ、体で経験しながら、膨大な資料を残したのです。
「日本を支えているのは最下層の人たちだ」と、被差別部落や貧困に苦しむ集落に深い理解を示し、辺境に住む多くの人々に誇りと自信を与えたと言います。

渋沢敬三は、実業家である渋沢栄一の孫で、ポケットマネーで学者を集め、日本各地の風習や民具を研究するアチックミューゼアムを創立。つぎこんだお金は、現在の貨幣価値で数百億円だそうな。
戦後、渋沢家はGHQの財閥解体政策で没落。いくらでも財産を守る抜け道はあったけど、彼はさっさと財産と屋敷を国に納め、「ニコニコ没落していけばいい」と言いながら、小さな家に移り住みました。
今のオカネモチで、こんなふうにお金を使える人はいないでしょう。日本の百年後、二百年後を見据えてお金を使った方です。

本を分類する日本十進分類法によると、380番台が民俗学、390番台が国防・軍事。
日本が大陸での占領政策を進めるために、民俗学を利用していたそうで、軍事と民俗学が密接に結びついていることが、本の分類からもわかるってことが興味深い。そんなわけで、戦時中に中国大陸で暗躍していた民俗学者達の話題にも触れられています。

とにかく、私は渋沢敬三さんの人生には、読んでて何度も泣いてしまいます。父は妾と出奔して、父のいない生活と親戚からの冷たい目に耐えなければならなかったり。学者になりたかったのに、渋沢家当主として銀行家にならざるをえなかったり。仕事と旅に明け暮れる彼を理解できずに、妻は子供を置いて出て行ってしまったり。地位も名誉も財力も持っているのに、孤独と忍耐ばかりの人生。でも、その孤独と忍耐をバネにして、彼は懐の大きな男になったのだと思います。

そんなわけで、最近、佐野眞一にハマっています。彼のルポは主観がバリバリ入ってますが、面白い偏見なら結構!まだまだ読みますよぉ。


<関連リンク>
宮本常一(ウィキペディア)
渋沢敬三(ウィキペディア)

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by june_h | 2007-07-08 10:47 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)