『秘花』 瀬戸内寂聴 著 新潮社

「瀬戸内寂聴が書いた『秘花』」っていうだけで、なんかエロい感じがする(^^;
実際、「秘すれば花」を、とんでもない意味で使っていて、思わず「ぇぇええーっ!」と声を上げてしまった。
寂聴さんといえば、性的描写がお約束なのはわかっているけど、朝の通勤電車で読んでいて、男色だの3Pだの出てくると、さすがにクラクラする・・・・・(-_-;;;

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正直言って、寂聴さんの文章は、好きじゃあない。
粗っぽいし、説明臭い。読者に分かりやすくって配慮はわかるけど、なんか読んでてガッカリすることが多い。彼女の『源氏物語』も、1ページ目で挫折。エッセイはおもしろいんだけどなぁ・・・・・と、ここまで好き放題言っといて、最後まで読んだのは、私が今、気になっている、世阿弥がテーマだったからなのね。

学校の歴史の授業で習った「世阿弥」は、「『風姿花伝』を著し、能楽を大成させた人物」って文を結びつけて、機械的に暗記しただけで、彼がどうやって生まれて死んだかなんて知らなかった。

時の将軍、足利義満に、芸も肉体も寵愛され、一座は繁栄。我が世の春を謳歌していたが、やがて飽きられ、捨てられ、次の将軍の義持の御世に移ったときには、一座は凋落していく。
養子にした甥の裏切り、長男の早死、次男の出家。世阿弥を次々と不幸が襲うが、至芸への情熱は衰えなかった。しかし、ついには、佐渡に配流される。

『風姿花伝』が書かれたのは、彼が最も繁栄していたときではなく、一座の勢いが衰え始めた義持の時代の頃。
世阿弥の一生だけで考えると、その期間は不遇の時だったが、芸を深め、自己とじっくり向かい合うことで、後世の人間にとって重要な名著が生まれた時期でもあったのだ。人生って、わからない。
もしかして、彼が一生、義満から可愛がられ続けていたら、この大著は生まれなかったかもしれない。
『風姿花伝』も、先日読んだが、「始まったばかりで客がザワザワしている時の対処」とか、「客を飽きさせないための演目の構成」とか、とても論理的でわかりやすく、現在の演劇に携わっている人たちが読んでも、十分納得できるものではないだろうか。

この本の後半では、流刑に遭った貴人達の心情が描かれている。
特に興味深かったのは、承久の乱で、後鳥羽天皇のとばっちりを受けた順徳天皇。
20代で佐渡に流され、二十余年。赦免され、都へ戻る希望を胸に生き長らえたが、とうとう望み叶わず、自ら命を絶ったという。
歌舞伎の『俊寛』でおなじみの俊寛も、鬼界ヶ島に流され、娘が亡くなった知らせを聞いたとき、食を断って自害した。
都への想い。娘とのつながり。自分を支えていた想いが断ち切れたとき、人は死を選ぶ。

では、世阿弥は、何を支えに、佐渡で日々を送っていたのか。著者は「芸への想い」と考え、能の脚本の制作に精魂を傾ける世阿弥の最期を描く。

うーん、でも、芸術を文章にするのはつくづくムズカシイ。
『ローマ人の物語』でおなじみの塩野七生さんも、レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯を書こうとしたらしいけど、「芸術を文章にするのは難しい」という理由で、まだ書かれていない。是非、書いてほしいところですが・・・・・。

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by june_h | 2007-11-07 21:41 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)