『日本魅録』 香川照之 著 キネマ旬報社

昔から魅力的な俳優だと思っていた。演技の端々から、相当な努力が見て取れる人だった。
映画『ホテルビーナス』での韓国語は、彼が一番、激音と濃音の区別ができていた。大河ドラマ『利家とまつ』で、秀吉役の彼が話す名古屋弁は、名古屋にいる父方の親戚のものに近かった。言葉を大切にする俳優なのだと感じていた。
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私が初めて著者を俳優として認識したのは、『静かなるドン』のVシネを見ていたときだった。そのとき横から母が口を出した。
「この人はね、お母さんがタカラジェンヌで、お父さんが歌舞伎役者だったけど、離婚しちゃって、東大卒で、そんでもって努力で俳優になった人なのよ」
・・・・・俳優になるには誰だって努力しなきゃいけないと思うけど・・・・・と、そのときの私は思ったが、母が言いたかったのは、東大卒という学歴が一切通用しない芸能界で、親の力をアテにせず一人で頑張っている、ということなのだと思う。
私が著者の父親、市川猿之助を認識したのは、歌舞伎に興味を持ったごく最近だ。彼が梨園の御曹司として成長したとしたら、どんな人になっていただろう。やっぱり、一流の役者になるために、情熱を持って日々精進するのは変わらない気がする。

私が読む本は、読みやすくてわかりやすい文章のゴーストライターが書いている場合が多い。
しかし、この本は、間違いなく本人の手で書かれたものだとわかる。過剰なまでのボキャブラリーと文章力と情熱。その裏にある強烈なコンプレックスとプライド。学生の頃、三島由紀夫にハマッていたというのもうなずける。「左面の告白」なんてタイトルも(^^;

とにかく秀才タイプの俳優だ。高い山の頂上にドスッと楔を打ち込み、言葉と論理と熱い情熱でザクザクとザイルをよじ登って行く印象。そんな彼に、迷いは微塵も感じられない。彼には迷っているヒマも、立ち止まる余裕もない。放っておいても次から次へと俳優が出てくる芸能界。過密なスケジュールと過酷な状況で延々と続く撮影。限られた時間の中で集中力を維持しながら、最善の結果を求められる世界で、彼は常に評価されている数少ない俳優でもある。

彼は自分を「前日から考えに考え抜き、打席の中で始終対策を練り、寝不足の血眼でやっとこ内野安打を稼ぐ、悲しいブルーカラー・アクター」だという。だからこそ、ホームランバッターのような華のある俳優や、天才肌で本能的に役になりきる俳優に、強いコンプレックスを持っているようだ。彼が言うところの「ホームランバッター」だという松嶋菜々子の記述はこんな感じだ。
「たとえ状況が何であれ、周囲がどうであれ、恐ろしいほど確実に長打を飛ばすことができるのだ。私が泥池の底に顔を突っ込んで死ぬ思いで掴み取る金の斧を、水面から2本の指でアッサリとつまみ出す全能の釈尊である」

彼女をこんなふうに評価する人はなかなかいないだろう。

彼もそうだが、秀才タイプは、尊大なプライドと、(高い理想に対する)自己評価の低さを両輪にして、日々邁進している人が多い気がする。努力すれば報われる学校の勉強のような状況でウマくいっているうちはいいが、何が起こるかわからない実社会に出てトラブった途端、プライドと自己評価の狭間で身動きができなくなることもある。私はそんな人を見ると、つくづくもったいないなぁと思ってしまう。
失敗したっていいじゃん!カッコ悪くたって別にいいじゃん!著者みたいに実力のある人だって、泥だらけの自分をさらけ出して、才能のある俳優に汚く嫉妬して、日々、理想を追い求め、泣き笑いもがきながら、家族を養っているんだから。ケチなプライドが多少傷ついたところで、人間、死にゃあしない。

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Commented by rudolf2006 at 2007-12-13 10:45 x
june_hさま こんにちは
コメントは、久しぶりになってしまいました。

香川くんは、浜木綿子さん、猿之助さんのご子息ですよね
東大に受かったときは、浜さん、もの凄く喜んでおられたですよ。

香川くん、俳優になったばかりのときは、やはりかなり難しいのかなって思っていましたが、最近は凄く存在感のある役者になってきましたよね。
それに、文才もあるようですね。
東大出の俳優さん、女優さん、結構いますが、大成した方はあまり折られないような気がします。頭でっかちになってしまうからかもしれませんね。

香川くんは、そういう嫌みなところもなく、ご両親の良いところを受け継いでおられるのかなって思ったりも~。歌舞伎に入っていたら、どうなっていたでしょうね、こればかりは分かりませんね。

面白い演技者になってきていますね~。

(ミ*^w^*)彡
Commented by june_h at 2007-12-13 20:27
rudolf2006さま、こんばんわ!コメントありがとうございます!
文章力がありすぎて、私の頭ではワカラナイところもあります(^^;書くのはお好きなようで、三谷幸喜さんとの対談では、いきなり「弟子にしてください!」って言って、三谷さん、困ってました(笑)。
猿之助さんのお子さんということは、市川亀治郎と従兄弟ってことになりますよね。澤瀉屋は、頭がいい人が多いようですねー。
Commented by 市馬のスジの者 at 2007-12-15 02:15 x
香川照之は良いですね。(ついでに言えば、もう一人私の好きな佐藤浩市も二世ですねぇ。) 映画では「ゆれる」と最近機内で見た「キサラギ」くらいしか見ていないのですが、微妙な表情と滑舌の良い台詞、本当に良い役者だと思います。ちなみに、猿之助の「義経千本桜」狐忠信は背筋がゾクゾクするほどすごいものでした。努力、という意味ではまさに親子ということでしょうか。
Commented by june_h at 2007-12-15 19:43
>市馬のスジの者さん
「ゆれる」をご覧になったんですね!いいですねー♪脚本も役者の二人(香川さんとオダギリジョー)も評判が高くて、いつか機会があれば見たいと思っているんですよ。猿之助さんのお芝居は経験がないのですが、母が「ヤマトタケル」のコーラス隊として参加した経験があります。いつか観られればなぁと思っています(^^)
by june_h | 2007-12-11 21:09 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(4)