『野田秀樹 赤鬼の挑戦』 野田秀樹・鴻英良 著 青土社

野田秀樹のエッセイ&野田秀樹×鴻英良の対談。

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『赤鬼』は、私が観た初めての野田作品。この作品は、イギリス、タイ、韓国でも、現地の役者を使って上演されました。演出は野田秀樹自身が行ったのですが、そのときの経験、特にイギリスでの苦労が綴られています。

イギリスの演劇界は、日本と慣習が全く違います。上演する劇場がなかなか決まらなかったり、役者にドタキャンされたり、権利関係でスタッフと揉めたり。幕が開くまでも、幕が開いてからも苦労の連続。
この辺り、昨年イギリスで『トランス』を上演した、鴻上尚史さんも同じような経験をしています。

一番の苦労は、文化の違い。シェイクスピアを生んだ演劇大国のイギリスは、日本から来た演出家には上から目線な態度。そして、文化交流に対する日本政府の援助の少なさ。

野田秀樹の演劇や、彼の言うことって(なーんて語れるほど観てないし知らないのですが)難しくて何言ってるのかわからないことがほとんど。でも、とても感動するのは、彼が頭だけで考えているのではなく、肉体表現とか身体感覚とか、常に体のことを考えているからだと思うんですよね。
それから、彼は、若いときに、社会や人間に対して感じた疑問を、ずっと持ち続けていて、ずっと葛藤しているのがわかります。葛藤しながら出てくる言葉だから、余計に説得力を持つのかもしれません。

彼の世代で、若いときに大きな影響を受けたのは、学生運動だったと思うのだけど、このことについて、誰も語ろうとしないことに、彼が大きな憤りを感じているのがわかります。

それは鴻上さんも同じ。私は、鴻上さんのお芝居で、ヘルメットと鉄パイプを持った学生が出て来たり、君が代が出て来たり、厳しい校則で締め付ける教師が出て来たりすると、私は時代錯誤を感じて気恥ずかしくなっちゃう。でも、数十年前に日本で確実に起こったこと。なのに、皆、無かったことにしようとしている。これらの影響は確実に現在も漂っているというのに。

彼らの世代が答えようとしない限り、野田秀樹は舞台で客席に疑問をぶつけ続けるのでしょうし、鴻上尚史は、シュプレヒコールを続けるのでしょう。

巻末(といっても、全体の三分の一のボリュームですが)には、『赤鬼』の脚本が掲載されています。ラストの「あの女」のセリフを読むと、やっぱり涙が出てきます。

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by june_h | 2008-03-20 12:05 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)