『円朝芝居噺 夫婦幽霊』 辻原登 著 講談社

この本は、著者が、ひょんなことから速記記号で書かれた古い原稿を手に入れたことから始まります。

円朝芝居噺 夫婦幽霊

辻原 登 / 講談社


三遊亭圓朝が活躍した幕末から明治、テレビもラジオもテープレコーダーもなかった時代、落語を楽しむには、寄席小屋に足を運んでライブで聴くしかありませんでした。
そこで、考え出されたのが速記本。落語を速記で書き写し、更に文字に置き換え、新聞に連載されることで、寄席に行けない地方の人達も、圓朝の落語を楽しめるようになったのです。
ちなみに、二葉亭四迷が発表した口語体の小説「浮雲」は、圓朝の速記本から着想したそうです。

速記原稿を見て、圓朝の落語だと直感した著者は、早速、原稿の翻訳を専門家に依頼。はたして、その原稿は、圓朝作「夫婦幽霊」でした。

しかし、この速記原稿には、二つの大きな「謎」があります。
一つは、圓朝の口演録に、この速記原稿の日時のものが無いこと。
それから、圓朝存命中には存在しなかった速記記号が「幽霊のように」混ざっていること。
偽書の可能性がありますが、著者は、圓朝の息子の朝太郎と、彼の知り合いだった芥川龍之介が、圓朝の死後に共同で制作したのではないかと推理しています。

さてさて「夫婦幽霊」の内容は・・・・・。
所々、原稿が抜け落ちて、「・・・・・」になっている箇所もありますが、幕府の御金蔵から盗み出した四千両をめぐって、三組の夫婦の欲望が絡み合う筋立てなんかは、いかにも圓朝らしいし、鐘の音なんかの情景描写が効果的に使われているのもそれっぽい。
凄味があったのは、関係者を殺し、「完全犯罪」を成し遂げて、四千両を独り占めした藤十郎が、漠とした不安に苛まれたときの心理描写。これが芥川龍之介の手が入ったためと言われれば、それはそれで納得です。

息子の朝太郎は放蕩者で、圓朝が死ぬまで、二人が打ち解けることはなかったそうです。
朝太郎も、関東大震災以来、行方不明となりましたが、もし、この速記原稿が朝太郎作であったら、落語の「双蝶々雪の子別れ」のラストシーンを彷彿とさせるようで、私は涙してしまうのです。

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by june_h | 2008-09-09 20:44 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)