『江戸の病』 氏家幹人 著 講談社

江戸時代に流行った病気、医療、薬についてのあれこれ。

江戸の病 (講談社選書メチエ)

氏家 幹人 / 講談社


幕末から明治にかけて、すでにインフルエンザらしきものは、あったらしい。面白いのは「お染風邪」「お七風邪」「谷風邪」とか、有名な小唄や力士の名前を付けられていたそうな。
どちらも同じ「流行りモノ」ってことですね(^^;

江戸城下で流行ったものといえば、なんと言っても吉原通いと梅毒!
江戸期の人骨の発掘調査によると、江戸の成人の梅毒罹患率は、なんと50%だったとか!
「火事と喧嘩は江戸の華」と言われていましたが、「梅」も花盛りだったようで(^^;

しかし、当時の医師は、なかなかアテにならないもの。

医者は、国家試験や、決まった訓練があるわけではなかったので、看板を出せば誰でもなれたそうです。
そのため、技術は玉石混合で「ヤブにもならないタケノコ医者」なんて狂歌もあったくらい。社会的地位も低く、中には詐欺まがいの治療で法外な治療費を取る医者も。幕府の奥医者であっても、小姓達にバカにされ、頭を撲られることもあったとか。

では、薬は?というと、こちらも玉石混合。
当時の薬は、漢方薬が主流。
しかし、時には処刑された人の死体までも、漢方薬の原料として取り引きされたらしい(^^;

武士である内藤鳴雪の自叙伝には、瘧(おこり:間欠熱)を患ったとき、医者から処方された機那塩(キニーネ)を飲んだところ、すぐに治った、という記述がありました。
200年前のドイツの医師、ハーネマンさんも、キナ(キニーネ)が、マラリア(間欠熱の症状)に効くことから、ホメオパシーの原理を発見したんだよね!
日本でもキニーネが使われていたなんて!感激♪

当時は、幼児死亡率も高く、出産も命懸けで、今よりずっと寿命が短かった時代。
しかし、医者も薬もアテにならないし、治療するお金もないので、みんな、助け合うことが当たり前だったようです。
例えば、身分の上下にかかわらず、母乳を分け合うことは普通に行われていたようです。
また、重度の梅毒患者だとわかっていても、下男として雇い入れた旗本の記録も残っています。
幕府も、朝鮮人参を無料で配ったり、庶民の健康のために食事法などを記した書物を配ったり。

病気を治すのは、薬ではなくて、結局は人なんだな、と、改めて思ったのでした。

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Tracked from K's Sweet Ki.. at 2009-07-13 08:26
タイトル : 2009年5月 先月読んだ本から 
お染風(おそめかぜ)。 明治23年から24年にかけて流行ったインフルエンザを、流行当初“お染風”と当時の日本の人々は呼んでいたそうです。 お染とはすなわち、文楽や歌舞伎の世界だけでなく、いまではどなたでも御存知であろう“新版歌祭文”(=“お染久松”)で破局を迎えるカップルの、あのお染のことです。 折りしも先月、海の向うで、どうやら新型インフルエンザが流行りだしたらしいという報道がされ始めた時に読んでいた、岡本綺堂随筆集(千葉俊二氏編 岩波文庫)に、明治のインフルエンザのお話が書かれていま...... more
by june_h | 2009-07-12 11:49 | 本 読書 書評 | Trackback(1) | Comments(0)