いろいろなことを考えながら観た映画でした。

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所属していたオーケストラが解散し、田舎に帰ることになったチェリストの大悟。そこで彼は、ひょんなことから、納棺師と呼ばれる仕事をすることに。最初は戸惑っていた彼も、次第に納棺師の仕事の大切さに気づいていきます。

映画では、湯灌から納棺まで、一連の作業の様子が出てきますが、一つ一つの動作に無駄が無く、見ている人にとっても、美しいものでした。茶道のように「納棺道」ってのがありそうです。
西洋では、土葬が一般的なので、遺体を保存する処置(エンバーミング)を施す「エンバーマー」と呼ばれる職業がありますが、日本では、葬儀屋や納棺師がエンバーミングの仕事をするのですね。

とはいえ、「死」をタブー視する日本の社会。
彼の仕事が近所で噂になり、友達から敬遠されたり。納棺を依頼した遺族から「死人でメシ食ってんだろ?」とバカにされたり。
広末涼子演じる奥さんも、旦那の仕事を知るやいなや、「触らないでよ!穢らわしい!」と叫んで、実家に帰ってしまいます。

でも彼は、この仕事を辞めませんでした。
納棺の仕事を通して触れられる、亡くなった人と遺族との絆。時には、遺族から感謝されることもありました。
彼の視点から見ると、どうして私達は、「死」を嫌うのだろう、いずれ、誰もが通る道なのに・・・・・と、不思議に思います。

ある日、大悟に、長年音信不通だった父親が亡くなったという知らせがもたらされます。
彼は、自分を捨てた父親を恨んでいたので、行くべきかどうか激しく葛藤します。結局、遺体を引き取りに向かうのですが、その土地の葬儀屋が、父親の遺体をぞんざいに扱うのを見て憤り、大悟が納棺することになります。
そのとき、長年父親が抱いていた想いと、自分が父親に抱いていた想いを知るのです。
亡くなった後だったけど、父子が和解した瞬間。私は涙が止まりませんでした。

私自身は、大悟が念願だった1800万円のチェロを購入した直後、オーケストラが解散してしまったとき、チェロを売ることになったときの言葉
「ずっと夢だと思っていたけど、きっと夢ではなかったのだ」
にぐっときてしまいました。

また、この映画を見ながら、私自身が見送った人のことも考えていました。

去年亡くなった私の祖父は、生前とてもモテた人でしたが、亡くなって棺に入った後もモテモテでした(^^;
近所のおばさんやら、ゴルフ仲間の未亡人やらが次々やってきて、「本当にキレイな顔よねぇ」なんて言いながら顔をベタベタなで回したり。
「この服が似合うわ」「いや、こっちのほうが合ってるわ」なんて言いながら、めいめいが祖父のために用意した服を、祖父の体にとっかえひっかえ当てたり。
その様子を私は「外見が良い人はトクだよね・・・・・」と、遠巻きに眺めておりました。
火葬場では、私の妹まで「あの美しい体を焼いてしまうのはもったいない・・・・・」と呟く始末。祖父のガキっぷりと悪態には、妹も散々悩まされたはずなのに(-。-;
ほんと、外見が良いと、すべてがチャラになる・・・・・のかよっ!

話が逸れましたが、見ていて、笑いあり、涙あり、そして深い。そんな映画です。

音楽は久石譲。大悟がチェロを奏でる田舎町の住まいは、映画『耳をすませば』で、天沢聖司くんがバイオリンを奏でていた家の雰囲気。まるで、宮崎駿の世界を実写化したような、美しくて温かい世界観です。


<関連リンク>
「おくりびと」(公式サイト)
「おくりびと」(映画詳細、映画館情報)
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by june_h | 2008-09-29 20:53 | 映画 感想 | Trackback(2) | Comments(0)

客席が、ほぼ満員だったのでびっくり!まぁ、生で観るより全然安いですからね。
やっぱり、3時間以上あったけど、超楽しかったぁ!!

シェイクスピア原作、クドカン脚色のお芝居。2006年公演の録画上映です。みんなキャラ濃ゆいです。当たり前か(^^;

■ランダムスター/マクベス内野:内野聖陽
■ランダムスター夫人/ローズ/林B:松たか子
■レスポールJr/元きよし:森山未來
■グレコ/クダフ北村:北村有起哉
■マパール王/ナンプラー:粟根まこと
■伝令係・吉田:吉田メタル


一番びっくりなのが松たか子。いわゆるレディマクベス役ですが、クドカンの芝居に出てくる阿部サダヲばりにテンション高くて、「バーカバーカバーカ!」と、マクベス役の内野聖陽を汚い言葉で罵倒しまくり。でもさすがに、マクベスとキスしまくるところは、若干照れが見えましたが(^^;;;

マクベスと共謀して王を殺したことで、「自分の眠り」も殺してしまい、不眠症になってから、恐怖と猜疑心に苛まれ、破滅と狂気に向かっていく様、見ていて本当に恐ろしかったです。私、ただの観客で良かったなと思いました(^^;;;;;

いわゆるマクベス役の内野聖陽のクライマックスにも鳥肌立ちまくり!核ミサイルと稲妻をバックに、エレキギターをかき鳴らし、「まだまだ足りない」とつぶやきながら光と轟音の中で見えなくなっていく・・・・・。
クドカンのすごいところは、キメるべきところでちゃんとキメられるってとこだと思っています。

脇を固める俳優さん達も素晴らしかった。
とにかく、北村有起哉が色っぽかった!・・・・・たぶんこれは、演出のいのうえひでのりさんの力ですね。男の色気を引き出すのが、上手なんだと思います。
それから、新感線の役者さん達。岩崎ひろみの旦那の吉田メタルは、イイ味出してたし、パール王役の粟根まことは声が良かった。冠徹弥さんは、いつも歌担当なんですね。

残念だったのは森山未來。(半分は、彼目当てで観に来た私ですが)いや、歌もダンスも演技も完璧だったけど、だって、三枚目の役なんですもの~。二枚目の彼が見たかったです!

このお芝居を観ていて、ふと思いました。

「マクベスって、圓朝の落語に似てる・・・・・」

奥さんにけしかけられて、悪事に手を染めるとことか、欲望が絡まり合って人間関係がドロドロしたあげく、悲劇が連鎖するとことか。
圓朝は、シェイクスピアを読んだこと、あるのかしらん。

機会があったら、過去にあった新感線のほかの舞台も観てみたい!です♪

<関連リンク>
ゲキ×シネ(公式サイト)

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by june_h | 2008-09-26 21:30 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

前回に引き続いて、今回も幕見にて観劇です!

うろ覚えですが、何かの本だか雑誌だかで、ひらかな盛衰記の何かのキャラが一番好きだって、吉右衛門さんが言ってたので、観に行かなきゃって思ってたのです。

■船頭松右衛門実は樋口次郎兼光:中村吉右衛門
■お筆:中村芝雀
■漁師権四郎:中村歌六
■畠山重忠:中村富十郎


このお芝居で注目したのは、松右衛門の舅の権四郎ですね。この役を見ていると、愛情深いおじいちゃんは、こういうものなんだなぁって思います。

訪ねてきたお筆が、行方不明になった槌松の居場所を知っていると聞くやいなや、家の戸を開けて、槌松がいないか探したり。
手元で育てていた男児が、木曽義仲の息子の駒若丸で、この子の身代わりに槌松が殺されたことを聞くと、「こいつ(駒若丸)をズタズタにして渡してやれ!」と嘆いたり。
槌松も高貴な方の忠義で亡くなったのだから、誇りに思うと一旦は喜んだものの、槌松の血のついた布を震える手で抱き締めたり。
オペラグラスで表情を追いながら、何度鼻をすすったことか。
権四郎役の歌六さん、初役なんて信じられない!とっても素晴らしいおじいちゃんでした。

中村富十郎さんは、声が高くてキレイですね!こういうエラい人の役がよく似合います。

結局、吉右衛門さんが好きなキャラって兼光のこと?って思ったんですが、ほかの古典のキャラと同じように見えたし・・・・・今度調べてみよう。

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秀山祭九月大歌舞伎(歌舞伎美人)
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by june_h | 2008-09-24 20:42 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(0)

1884年のロンドン。とある博覧会で、牛の重さ当てコンテストが行われたときのこと。
800人が参加して、投票した回答の中にはもちろん、全く的外れな数字もありました。しかし!参加者には、牧畜や家畜の専門家がいなかったにもかかわらず、全員の平均値と、実際の牛の重さの誤差は、たった1ポンド。最も正解に近かった個人よりも、正確な数値を出したのです。
このように、一人一人はバラバラに見えても、集団で考えると、案外、最善の答えを出せるってことが、よくあるらしい。この「集合知」をうまく利用しているのがGoogle。リンクを「投票」と考えて、被リンク数が多いサイトほど重要とみなすことで、検索の精度を上げています。

「みんなの意見」は案外正しい

ジェームズ・スロウィッキー / 角川書店


でもやっぱり、多数の「平均値」よりも、一人の「優秀な人間」の意見の方が役に立つのでは?と思いがちですが、実験すると、専門家ほど、自分の判断を過信する割合が高くなるそうです。厄介なのは、自分の専門分野以外でも、正確に答えられると思いこんでいる専門家がとても多いとか。

ただし、「集合知」がうまく引き出せるのは、多様な意見を持った人たちが、自由に判断できる環境にある場合だけ。
みんなの意見が似通っていたり、意志決定をする上で強力な情報や意見を提示されたりすると、たちまち皆の意見が偏る・・・・・「集団極性化」と呼ばれる現象が起きます。

自分はシロだと思っていても、周りが皆、クロだと言うと、クロが正しいと思えてきたり。
「集団思考で重要な点は、異なる意見を封じ込めるのではなく、何らかの形で異なる意見が合理的に考えてありえないと思わせるところにある。」

特に、日本人なんて、一人だけ青信号を渡って生き残るより、赤信号を皆で渡って轢かれたほうがいいと思っている人が多そうですからね(^^;
よく「エリートだけの社会を作ればユートピアができる」なんて言う頭でっかちな人がいますが、この理論に照らし合わせると、そんな社会、みんな同じ意見だから崩壊するリスクが高くなるだけってことになります。

こんなふうに、集団の意志決定までのプロセスを、心理学の実験をまじえながら説明しつつ、様々な社会現象(バブルの発生と崩壊、株価の上昇と下降、選挙の投票など)を紐解いていきます。

でも、こうやってどんなに分析しても、失敗や崩壊のリスクが無い集団や社会は存在しないわけで。
「成功が絶対に保証されている意思決定システムなどない」と著者は言い切っていますが、最後はアメリカ人らしく、民主主義が他の政治体制に比べて失敗するリスクが少ないということを、一生懸命説明して、この本は終わっています。

とにかくいろいろな例が出てくるんですが、私が気に入ったのは次の話。
(ボートレースの)漕ぎ手にボート上で訪れる完璧な瞬間について問うと、彼らの多くはレースに勝利する瞬間よりもボートの感覚がぴったり合う瞬間を挙げた。八本のオール全部が水中でほぼ完璧にシンクロしたときの感覚だ。漕ぎ手はこの瞬間を「スウィング」と呼ぶ

どんなに素晴らしい仲間と、楽しい時間を過ごすことができても、時間が止まらない限り、それはいつか終わってしまう。それは悲しいことかもしれないけれど、でも、たった一度でも「スウィング」する瞬間を味わえたら、それはとても幸せなことではないでしょうか。

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by june_h | 2008-09-19 20:47 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

最近疲れが溜まっているのか、この芝居の前半、観劇中に眠ってしまった!なんたる不覚・・・・・歌舞伎では、ほとんど寝たことないんですけどね、私。

■河内山宗俊:中村吉右衛門
■松江出雲守:市川染五郎


今回の吉右衛門さんは、お坊さんの役。といっても、皆から嫌われている、俗っぽいお坊さんです。
御数寄屋坊主ということで、最初は茶坊主の格好なんですが、出雲守の悪事をネタに、殿様をゆすろうということで、上野寛永寺の僧に化けて城に乗り込みます。

僧形の吉右衛門さんカッコいい~。白い着物の上に、薄手の緋色の袈裟を羽織っていて、体格もいいから堂々たる風格。

このお芝居、「お城を訪問するときのワンポイントマナー講座」みたいな感じになっています。ゲストの河内山さんも、ホストの御家老達も、芝居の筋とはあんまり関係無いけど、当時のマナー通りの行動やあいさつをします。というのも、形式ばった武士を風刺しているからなんですね。染五郎演じる出雲守も、面倒なことは全部家来に任せてしまう、わがままな殿様として描かれています。

殿様を「上品に」ゆすり、「山吹色のお茶」を要求して、まんまと大金をせしめた河内山でしたが、お城から出ようとするときに、正体がバレて、手打ちにされそうになります。バレちゃあしょうがねぇとばかりに、河内山の性根に戻り、ここからが播磨屋の見せ場の長ゼリフ。「いよっ播磨屋!」「待ってました!」の声がかかります。おもむろに、武士をやりこめ、庶民の胸をすくようなセリフをたっぷり。お客さん達は拍手喝采!・・・・・でも私には、何を言っているのかよくわかりませんでした(^^;

河内山を見ていて改めて思いましたが、歌舞伎のキャラって、すっごく複雑だと思うんですね。普段、蛇蝎の如く嫌われている男が、最後はヒーローキャラの扱い。でも、河内山は、これからも多分、嫌われ者であることには変わりないと思うんですけどね(^^;;;

ハリウッド映画のキャラで、なかなかこんなのは無いと思うんです。正義の味方は最初から最後まで、性格も扱いも正義の味方のまんまだし、悪役もそう。時間的な制約のせいもあると思いますが、アメリカ人には、複雑なキャラは理解されないからだったりして(爆9。歌舞伎の場合、高貴な人が賎しい身分の人間に化ける「やつし」とか、悪人が善人になる「もどり」とか、性根が全然変わっちゃうキャラなんてザラにいるし、悪人でもただ悪いだけじゃなくて「色悪」とか、ヒーローじゃなくて、悪人や敗者の方が人気があったりするし。昔から、こういう人間の多様な面を認めてたってのが、すごいと思います。


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秀山祭九月大歌舞伎『天衣紛上野初花 河内山』@歌舞伎座
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by june_h | 2008-09-18 21:07 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(4)

今年もやってきました秀山祭!仕事が終わってから銀座へ。幕見にて観劇です。

■下男升六:中村富十郎
■ねずみ:中村鷹之資


天王寺屋の親子共演です。
台所に出たネズミを捕まえようとする男と、捕まえられまいとするネズミの滑稽な舞踊劇。

途中、ネズミの仕草が女性のように変化して、男にしなだれかかったり口説いたり。そうかと思うと、ネズミと男の立場が入れ替わって、男がネズミに捕まえられて幕・・・・・シュールだ。こういう発想ってすごいと思います。本当に、歌舞伎は、いろいろなアイデアに満ちています。

富十郎さんは、79歳とは思えないほど、きびきびした踊り!長年踊りこんでいるのか、動きに無駄が無いので、見ていて気持ちが良いです。
下男の役なので、動きが面白いのね。歌舞伎って、二枚目とか、幽霊とか、動物とか、女性とかで、動きが全然違うから、一つ一つをマスターするのも大変だし、そういう動きの違いのノウハウを蓄積しているのって、やっぱりすごいと思います。

鷹之資くんは、9歳とは思えないほどしっかりとした踊り!結構長い舞踊だと思うのですが、よく覚えたもんだと思います。


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秀山祭九月大歌舞伎(歌舞伎美人)
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by june_h | 2008-09-17 20:23 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(2)

定時間際に仕事がバタバタして、ちょっと遅れちゃったのです。
早く席に着きたいのに、切符もぎりのお姉さんがグズグズして・・・・・あれ?もしかして、日にちを間違えた?え?私の席が無い!?
なんでも、主催者だかシステムだかのミスで、存在しない座席が売られて、それに私が当たってしまったらしい(^^;
私の座席は元々A席だったのですが、代わりに用意してくれた座席はS席でした♪まあ、ラッキーだったのかな。
友達も一緒だったのですが、もちろん、友達の席も変えてくれていました。


■「紙屑屋」:林家たい平
遅れたけど、本題に入る前だったから良かった♪
まさしく紙屑屋で働く若旦那のワンマンショーならぬ「たい平ショー」。團十郎&福助、麻生太郎のモノマネから秩父の宣伝まで、彼の「持ち芸」がほとんど出ました。
彼くらいのテンポとテンションがいいかな。これ以上、速かったり高かったりするとキツいかな。


■「馬のす」:三遊亭楽太郎
楽太郎さんの釣の趣味が、存分に生かされた噺。釣糸をなめる仕草とか、いつもこうやってるのかしら。
後に控える大ネタ二人の前に、それぞれの得意な前座噺を指定したのは小朝。さすが名プロデューサー。
楽太郎さんの高座は初めてだったので、小ネタでも嬉しかったです。


■怪談牡丹燈籠「お札はがし」:春風亭小朝
やっぱり、歌丸さんと、話の切り取り方とか、焦点の当て方とか、全然違いますね。まるっきり別の噺のようでした。テンポも違うし、終わらせ方も違う。こんなに笑える噺だったっけ?みたいな。
歌丸さんと違って、テンポ良く、それぞれのキャラの違いがハッキリくっきりしていて、若い人にはわかりやすいかも。


■怪談牡丹燈籠「栗橋宿」:桂歌丸
小朝のテンポで慣れてしまっていたので、最初は、ちょっとじれったかった。
でも、話が進んでいくうちに、登場人物達の気持ちや感情の変化のプロセスを、丹念に追っていることがわかりましたよ。夫の秘密を聞き出すために、お峰が久蔵を懐柔するプロセスとか、夫婦喧嘩で、伴蔵がお峰に殺意を抱くまでのプロセスとか。
でも、ずいぶん夫婦喧嘩に時間を割いているなぁ、と思っていたら、伴蔵がお峰を殺すシーンであっさり終わり。いやー、何時間掛かるかと思いました。


帰りは、友達と一緒にイタリアンで食事。彼女はソムリエの資格を持っているので、店長からブラインドテイスティングを申し込まれたりして、おもしろかったです。彼女と店長が、ワイン談義に花を咲かせているのを聞いていると、お酒が飲めない私は、人生の楽しみの半分を知らないような気分になります(^^;;;
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by june_h | 2008-09-16 20:22 | 落語会 寄席 | Trackback | Comments(0)

私が勤めている会社のカメラマン、さっちゃんの写真展に行ってきました。
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大学の時の卒業制作が中心ということで
「アーティスティックな作品で、よくわからなかったらどうしよう」
とか
「私の知らない意外なサッちゃんが発見できるかも!?」
と、ちょっとドキドキしながら足を運びました。

でも、行ってみると、どの写真も
「サッちゃんらし過ぎる・・・・・(笑)」
思わずプっと笑っちゃうと、横にいるさっちゃんが
「やったぁ♪狙いどおりですぅ」
と楽しそうな顔。ヤラレタ(^^;

どの写真も、顔は写ってないんです。でも、全部クスって笑っちゃう。会社のサッちゃんそのものでした。いつも思うけど、サッちゃんは「Cheerful」って言葉がぴったりの女の子。写真もやっぱり「Cheerful」でした。

写真展のタイトルは「Grown Up?(大人になった?)」。
「大人」と言われる年齢になっても、時々顔を見せる子供っぽい行動。私はいろんな展覧会に行きますが、笑っちゃう展覧会ってあんまりないので、ある意味今回、貴重な体験をさせていただきました。

私には、自分を表現する手段を持っていないので、さっちゃんのように、写真が撮れて、展覧会ができることを羨ましく思います♪

↓↓さっちゃんの思惑どおりに、まんまと笑っちゃった写真↓↓
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by june_h | 2008-09-11 20:40 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(0)

古い会社や商店を、日本では「老舗」と言いますが、日本は、世界でも類を見ないほどの「老舗大国」なんだそうです。
創業100年以上の老舗は1万5千件!中でも、世界最古の企業と言われている建築会社の「金剛組」は西暦578年創業!・・・・・大化の改新よりずっと前。感動的です(^^;

千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン (角川oneテーマ21)

野村 進 / 角川グループパブリッシング


戦乱や政情不安が続く地域は、何百年も一つの組織が続くことは難しいので、ヨーロッパの老舗は意外と少ないそうです。お隣の韓国も、家を大事にするお国柄ではありますが、「三代続く店は無し」という言葉があるそうで、今ある財閥も、ほとんど戦後にできたんだそうです。また、中国人は、戦乱も多かったし、「家族と金しか信用しない」メンタリティなんだそうで、放蕩者のドラ息子に無理矢理、跡を継がせてダメになるケースも多かったとか。

落語に出てくる若旦那のように、日本でも老舗の放蕩息子はよくいるじゃん、と思いますが、そのへんは合理的で、娘が有能な婿養子を取って跡を継がせることで、会社経営を維持します。時々、変わり者の若旦那が、とんでもない発明をしてブレイクする例もありますけどねー(^^;;;日本は血筋を大事にするとはいえ、よく考えたら、徳川将軍家もその他の大名家も、家系図を見れば養子だらけですからね。老舗の「法則」として、会社維持の地盤を固めるのは、だいたい、三代目あたりの婿養子なんだそうです。

老舗というと、頑固な大旦那が「わしの目の黒いうちは絶対許さん!」とか言って、頑なに家業を守ろうとするイメージがあります。これは、ある意味当たっていて、ある意味ハズレています。というのは、老舗に共通して言えるのは、「分をわきまえることを大切にしていること」。本業とお客様を大事にし、度を越えた金儲けや投機に走らなかったこと。これ、歌舞伎の市川團十郎さんも、同じことをおっしゃっていました。
だからといって、伝統に固執していたわけではなく、時代の流れに応じて、ちゃんと変革もしているんですよね。合理的かつ柔軟なのがミソのようです。

だから、私は、今の株式会社という制度は、日本人?にとって、決して最上のものではないと思うんですよね。どうしても収益を株主から求められやすいから、リスクの高い研究・開発がしにくいし、社長や役員なんかの経営陣は、短期で入れ替わる場合が多いから、長期的スパンで会社が見られない。
だからといって、同族経営は良いかというと、それはそれでリスクはありますけどね。

ある老舗の社長が、座右の銘としていた「不義をして富まず」という言葉が印象的でした。
一流企業と言われる中には、中小企業の開発した成果を「合法的に」横取りしてしまう輩もいるそうです。その社長も、横取りされた一人ですが、「品が悪いので」と言って、特に訴えることもしませんでした。
そういう企業は、短期的には儲かるかもしれないけれど、周りの信用を失い、困ったときには誰も助けてくれないよ、と。
やっぱり、信用って大事!近江商人の「三方良し(買い手良し、世間良し、売り手良し)」。大事な考え方だと思います。

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by june_h | 2008-09-10 20:25 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

この本は、著者が、ひょんなことから速記記号で書かれた古い原稿を手に入れたことから始まります。

円朝芝居噺 夫婦幽霊

辻原 登 / 講談社


三遊亭圓朝が活躍した幕末から明治、テレビもラジオもテープレコーダーもなかった時代、落語を楽しむには、寄席小屋に足を運んでライブで聴くしかありませんでした。
そこで、考え出されたのが速記本。落語を速記で書き写し、更に文字に置き換え、新聞に連載されることで、寄席に行けない地方の人達も、圓朝の落語を楽しめるようになったのです。
ちなみに、二葉亭四迷が発表した口語体の小説「浮雲」は、圓朝の速記本から着想したそうです。

速記原稿を見て、圓朝の落語だと直感した著者は、早速、原稿の翻訳を専門家に依頼。はたして、その原稿は、圓朝作「夫婦幽霊」でした。

しかし、この速記原稿には、二つの大きな「謎」があります。
一つは、圓朝の口演録に、この速記原稿の日時のものが無いこと。
それから、圓朝存命中には存在しなかった速記記号が「幽霊のように」混ざっていること。
偽書の可能性がありますが、著者は、圓朝の息子の朝太郎と、彼の知り合いだった芥川龍之介が、圓朝の死後に共同で制作したのではないかと推理しています。

さてさて「夫婦幽霊」の内容は・・・・・。
所々、原稿が抜け落ちて、「・・・・・」になっている箇所もありますが、幕府の御金蔵から盗み出した四千両をめぐって、三組の夫婦の欲望が絡み合う筋立てなんかは、いかにも圓朝らしいし、鐘の音なんかの情景描写が効果的に使われているのもそれっぽい。
凄味があったのは、関係者を殺し、「完全犯罪」を成し遂げて、四千両を独り占めした藤十郎が、漠とした不安に苛まれたときの心理描写。これが芥川龍之介の手が入ったためと言われれば、それはそれで納得です。

息子の朝太郎は放蕩者で、圓朝が死ぬまで、二人が打ち解けることはなかったそうです。
朝太郎も、関東大震災以来、行方不明となりましたが、もし、この速記原稿が朝太郎作であったら、落語の「双蝶々雪の子別れ」のラストシーンを彷彿とさせるようで、私は涙してしまうのです。

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by june_h | 2008-09-09 20:44 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)