<   2009年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

更新が滞りがちになると、アクセス数が普通は落ちますが、落ちなかったり、逆に増える場合もあります。
これは、注目度が高い記事を掲載したときです。

ブログトップに記載されている記事は重要度が高いと、検索エンジンは評価するようです。ブログの場合、記事が更新されると、過去の記事はどんどん下に落ち、トップから外れます。トップから外れるとアクセス数が落ちてしまうのです。
そのため、掲載してアクセス数や検索キーワードががグンと増えた記事の場合は、しばらく更新せず、放っておいたほうが、アクセス数が維持できることがあります(笑)。

で、私のブログのアクセス解析をすると、過去1年間で、アクセス数の多かったキーワードは、こんな感じです。

2008年7月:五右衛門ロック
2008年8月:圓朝まつり
2008年9月:内野聖陽
2008年10月:ひらかな盛衰記
2008年11月:RENT
2008年12月:小沢道成
2009年1月:氷川神社 おみくじ 平
2009年2月:おくりびと ネタバレ
2009年3月:山下達郎
2009年4月:松たか子
2009年5月:楽屋
2009年6月:楽屋

こうして見ると、お芝居関連のキーワードが多いようです。
こんなわけで、私のブログは、お芝居関連のネタを上げると、アクセス数がアップします。逆に、書評が続くと減ります(^^;
(でもいいんです・・・・・書評は、アフィリエイトバナーから本を買ってくれる人がいるから・・・・・)

なので、お芝居関連のネタをアップしたら、そのまましばらく放っておくほうが、アクセス数が稼げたりして(笑)。

2009年1月に「氷川神社 おみくじ 平」というのがありますが、これは、2008年のエントリーに対するアクセスです。初詣シーズンだったので、アクセスが増えたのでしょう。
このように最近は、過去のエントリーに対しても、アクセスがあることが増えました。例えば、映画の感想を書いた場合、映画の公開中だけではなく、DVD化されたときも、アクセス数がアップします。


ブログのアクセス向上作戦(その1):「ネタバレ」のキーワードは有効
ブログのアクセス向上作戦(その2):タグ機能でニッチなワードを掘り起こす
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by june_h | 2009-07-30 20:53 | SEO対策 検索 | Trackback | Comments(2)

チケットが半額で手に入ったので、行かない手はないでしょう(^^)

伊勢神宮には、大学生のときに行ったことがあります。
五十鈴川の流れに感動し、森がそのまま神社になっているかのような佇まいを見て「日本に生まれて良かったなぁ」と思ったことを思い出します。
内宮にたどり着いたときは、あいにくの雨模様でしたが、なぜかちょうど日が差してきて、そのとき撮った、神秘的な雰囲気の写真が、今でも残っています。

さて、今回の展覧会は、展示品そのものの美しさや素晴らしさもさることながら、文化的・歴史的背景も興味深いものです。

伊勢神宮の歴史は、二千年以上前に遡り、式年遷宮は、千三百年前から続いています。
遷宮の際に使われる太刀や神宝は、今もほとんど形が変わっていないそうで、昔からずっと続いている文化の上に成り立っているのですよね。それだけでも感動します。
特に、太刀は、日本刀のように反り返った刃ではなく、聖徳太子が腰からぶら下げていた太刀と同じで、真っ直ぐ。古い形です。

神事に使う米や塩は、今も神宮所有の田んぼや塩田で作られているそうです。
建物や宝物だけでなく、無形文化もちゃんと守られているのですね。

イヤホンガイドは、美輪明宏さま♪
私、今回のイヤホンガイドで、大きな発見がありました。

なんでも、聖武天皇が東大寺建立の折、夢で、次のような御託宣を受けたそうなんです。

「毘盧遮那仏は、大日如来であり、天照大神でもある」

すごい!
毘盧遮那仏(華厳宗の宇宙仏)と、大日如来(密教の本尊)と天照大神(日本神話の太陽神)が、同じって言ってるんです!
私、美術館でガイドを聞きながら、一人で興奮してしまいました(←ヘンな人)。

イヤホンガイドでは、この御託宣は、神仏習合の象徴的な記録だ、なんて言ってましたが、要は、名前は違えど、同じ宇宙エネルギーの源ってことなんですよね!

まさか、東大寺の大仏が、アマテラスの姐さんだったとは(^^;;;

今回の美術展で一つ、残念だったのは、天皇の名代として伊勢神宮に遣わされた、歴代の斎宮(天皇家の皇女)達ゆかりの品があまりなかったということ。
斎王の制度が続いていたのは、南北朝時代の御醍醐天皇までだったので、古過ぎて残っていないのかしら?

伊勢神宮の宝物はもちろん、熊野速玉大社の宝物などもありました・・・・・熊野にも、いずれ行ってみたいですねo(^-^)o

<関連リンク>
伊勢神宮と神々の美術(東京国立博物館)
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by june_h | 2009-07-27 20:10 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(0)

私は、この本を読みながらずっと、宮崎駿の漫画『シュナの旅』を思い浮かべていました。
自分たちで作物を育てない人間達は、「神人」に多くの人間を捧げるのと引き換えに、決して芽を出さない「死んだ」穀物を受け取ってパンにして暮らしていました。
でも、この話はフィクションではなく、今まさに、私達の現実世界で起こっていることなんだとわかります。
自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する
農家は毎年、バイオ企業から種を買わないと作物を育てられません。
なぜなら、遺伝子組み換えによって、その種が育つのは一世代だけ。おのずと毒素を出して、次の世代の種を殺してしまうからなのです。
また、この種は、ある特定の農薬にだけ耐性を持つように「改良」されているので、農家は、種と農薬をセットで、永遠に買い続けなければならないのです。

しかも、アメリカでは、自家増殖で作物を育てる農家を見つけ出しては、企業が「特許侵害」で訴え、多額の賠償金を求める始末。零細農家は次々と廃業せざるをえない。
こうでなくても、地球温暖化や環境汚染で、穀物の収穫量は減っている。
短期的な利益ばかり追求していては、土壌や作物や人間自身を疲弊させるばかり。こんなことを続ければ、私達の子孫は、苦労することになるでしょう。

日本だって例外ではありません。
日本は特に、食糧自給率が先進国でダントツに低く、海外からの輸入に頼らなければならない。
そのため、農薬の基準は低いし、他国の農政に左右されるリスクがとても高い。世界中で資源の争奪戦が繰り広げられているのに、資源の無い日本はイニシアチブが取れない。ミニマムアクセス米の問題とか、聞いていて腹の立つことばかりです。

シュナは、ギリシャ神話のプロメテウスが神の世界から火を持ち帰ったが如く、「生きた」種を求めて、神人の砦に忍びこみ、種を持ち出すことに成功します。そして、黄金の穂が輝く風景を取り戻します。

現実世界のシュナは、私達一人一人。
食に対する感謝の気持ちを持ちつつ、消費者が安全な食品に対する「目」を持って選択しなければ、ツケはいずれ自分たちが払うことになるでしょう・・・・・そんなわけで、有機栽培米を買ってみた私。
シュナの旅シュナの旅

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by june_h | 2009-07-26 20:18 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

雑誌『Grazia』のインタビュー集。
ニッポン・ビューティニッポン・ビューティ
この本に登場する方々は、田辺聖子、森英恵など1930年代以前に生まれた「大先輩」の女性ばかり。
皆、戦争をくぐり抜け、一夜にして「常識」がひっくり返った経験をされているので、周囲に振り回されることなく、自分の中にある信念に忠実な人ばかり。
また、戦争で家族を失ったり、生活で苦労したりしてきたので、ちょっとやそっとでは、へこたれません。

そして、何より素晴らしいのは、日々の生活に感謝する気持ちをもって、とても前向きだということ。
90歳を超えている方もいますが、バイタリティに溢れ、なお人として成長しようとすることを止めない。本当に頭が下がります。

私は、一人一人の言葉を読むたび、涙が溢れました。感動したというより、自分が情けなくて・・・・・。
病気から解放されたばかりのときは、何もかもが有り難かったというのに、今の私ときたら、何もかも不満だらけ。周囲が悪いのではなく、自分の考え方一つだということはわかっているのに、気持ちがちっとも安らがない。本当に、自分にアタマにくる!

まあでも、この本に出てくる方々の境地に達するには、まだまだたくさんの山谷を越えていかなければならないのでしょう。とりあえず、特に心に残った言葉を。

『難民を助ける会』元会長の相馬雪香さん
「『お前が悪い』と指したとき、3本の指は自分のほうへ向いている。つまり他人を変えたいなら、まず自分が変わらなければならない。そう考えるようにすれば家庭にも世界にも平和が訪れる。」

置家の女将 春日とよせい吉さん。
「両親を最期まで、お金の問題から下の世話まで、私が全部面倒見れたのは幸せ。それから、脳梗塞でからだが動かなくなった主人の面倒を、全部見ることができたのも幸せなこと。ねっ、悔いのない人生なのよ。一番の幸せ者でしょ?」


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by june_h | 2009-07-25 09:06 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(2)

毎年恒例の圓朝祭。
去年は有楽町だったので、のんびり有楽町で買い物していたら、今回は池袋!
待ち合わせ場所を間違えました(^^;
いやー、もう少しで遅れるとこでした(^^;;;


■「自家用車」:桂枝太郎
歌丸さんのお弟子さん。前の名前は「花丸」と言ったそうですが、枝太郎を襲名したそうです。
本題は、先代の枝太郎の創作落語。
彼女に見栄を張って車を購入したが、エンジンのお金が足りず、友達に人力で動かしてもらうことに。
彼女とのデートをうらめしそうに眺めながら、一生懸命、車を動かして、ついに力尽きた友達。
動かなくなった車に驚いて彼女が
「エンジン焼いちゃったの?」
「いや、妬いたんだよ」

車が無いと女にモテないなんて、一昔前の発想だけど、サゲがちょっと面白かったっす。


■「壺算」:柳家三三
三三のマクラを初めて聞きました。私が聞くときはいつも、いきなり本題に入るので。
それにしても、早口ですねぇ。でも、滑舌がハッキリしていて、ちゃんと頭に入ってくる。
○川流の噺家さん達も同じくらい早口なんですが、何言ってるかわかんないし、聞いててすごく疲れるんですよね。何が違うんだろ・・・・・呼吸かな。
でも、そんな三三の早口が、突然フッと途切れた・・・・・セリフ忘れたの?と思ったら、
「どうしたんだい?黙っちゃって」
「いや、いま電話が鳴ったんだよ。電源の切り方教えてやんなきゃなぁ」
本題の中で上手に客の携帯を注意したんですね。
今回は本当によく、客席で電話が鳴ってたなぁ(-_-#


■「遊山舟」:笑福亭鶴光
マクラで出てきた高杉晋作の都々逸のインパクトが強すぎて、本題をほとんど聞いていませんでした(^^;
「三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい」

・・・・・要するに、夜明けなんて来ないで欲しいっていう、想いの深さはわかるんだけどさ。都々逸って、もうちょっと洒脱で、その場で楽しむモノじゃない?
マジメ過ぎてコワいよ。こんなのドドイツじゃないよ~(>_<)

あと、マクラで出てきた謎掛けも面白くて。
「麻生太郎と掛けて釧路と解く。その心は・・・・・シツゲンがどこまでも広がっています」

・・・・・だから、本題は聞いてなかったんだってば(笑)。


■「心眼」:橘家円蔵
泣きました。本当に圓朝作の落語は素晴らしい。

盲目の男が、薬師様に願をかけたところ、目が見えるようになった!
しかし、奥さんがとんでもない醜女で、自分は美男だということがわかり、早速浮気をしてしまう。
浮気現場に乗り込んできた奥さんに首を絞められ、意識が朦朧。気付くとそこは自宅の寝床だった。
すべては男の夢だったのだ。
一部始終を奥さんに話すと、奥さんは優しく
「正夢かもしれないから、目が見えるように願を掛けてきたら?」と勧める。
男はとんでもない、と首を振って
「メクラはなぁ、寝ているときが一番、よく見えるんだよ」

この男は、自分の潜在的な欲望を夢で覗いちゃったんですね。でも、それで「足るを知る」ことになったんです・・・・・身につまされる噺だったので、なんだか自分が情けなくなって余計に涙が出ました。


■「干物箱」:林家たい平
マクラでいつもの「飛ぶ鳥を落とす勢いの雨」の話をしたところ、一人のお客さんがヘンなタイミングで笑ってしまい、あとはグダグダ腰砕けの展開に。
・・・・・2年前から同じネタをやっている罰だ(笑)。


■「江島屋怪談」:桂歌丸
怖かった。終わってからしばらく「後味悪いよ~」と思っていましたから。先端恐怖症の友達も、隣の席で身悶え。
粗悪な婚礼衣装を売った呉服屋「江島屋」の主人が、客に呪われる噺なんですが、「呪い」って形で現れなくても、客に不誠実な商売をやっている店は、長くは続かないということですね。


今日の会場は、元、豊島公会堂。すごく古くて、すごく座りにくい席で、終わったあと、友達と二人で「腰が痛い」「お尻が痛い」と文句言いまくり。
そんなわけで、帰りは友達とオイスターバーでクダを巻いてきました(^^;
8月の全生庵の圓朝まつりも、浴衣を着て出かけようと思いますo(^-^)o
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by june_h | 2009-07-21 20:35 | 落語会 寄席 | Trackback | Comments(0)

ネットで知ってから、ずっと欲しいと思ってたんですよね。会社でも「欲しい欲しい~」なんて騒いでいたから、上司が「じゃあ買えば」って冷ややかに言い放つくらいうるさかった私(^^;
手に入る前から「うちのポメ子(←名前まで付けてる)は、いつ来てくれるかしらぁ」と妄想モード。

ポメラ
ポメラ
ポメラ(POMERA)は、パソコンじゃなくて、KING JIMが出した「文房具」なんです。テキスト入力機能に特化していて、普段は手帳くらいの大きさですが、キーボードを広げて使います。

パソコンと違って起動も早いし、電池(単4×2)も20時間保つし、持ち歩くにはうってつけ!

バックライトが無いので、暗いところは不便ですが、明るいトコなら普通に便利!
特に役立っているのは、学校でのお勉強。
1回の授業で取るノートは、平均してA4にして20枚!最高で34枚取ったときは、自分で自分を褒めたくなりました(笑)。
授業のスピードが速いので、先生がしゃべっているそばから入力できるし、ノートを帰ってからパソコンでまとめなおすのに、最初から電子データで作れるのは、時間の節約になります。

定価は、27,000円ですが、ネットや量販店なら、2万円以内で買えるようです。私もネットで手にいれました。

仕事に、勉強に、ブログの文章作成に、大いに利用しようと思います♪


<関連リンク>
POMERA(KING JIM)
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by june_h | 2009-07-19 21:23 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ダイヤモンドの輝きは、ユダヤ人が生きるために、命懸けで作りあげたものだったんです。

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ダイヤの原石が発掘されたのは、古代インド。
しかし、当時はルビーやエメラルドのような色石が好まれていたため、ダイヤはルビーの8分の1の価値しかありませんでした。
ダイヤの価値が高まったのは、中世ヨーロッパ。ダイヤの研磨技術が発達してからのこと。ブリリアントカットの技術が確立されたことで、ダイヤは宝石の主役に躍り出ます。

そんなダイヤに目をつけたのは、ユダヤ人でした。
ユダヤ人には、職業の自由が無かったため、当時ギルド(組合)がなかったダイヤ業界に「新規参入」。研磨技術のノウハウを蓄積していきました。
また、高利貸しを営むユダヤ人が多かったので、借金の担保として差し出される宝石の選択眼が、ダイヤの価値の選定に役立ったのです。
しかし、ユダヤ人とダイヤを強く結びつけたのは、たびたび起こったユダヤ人に対するディアスポラ(離散)でした。
政治情勢が変わると、真っ先に追い出される彼らにとって、ダイヤは、高価で持ち運びできて換金しやすい「命綱」だったのです。

ただ、大航海時代に入って、南アメリカなどの植民地でダイヤ鉱山が次々発見されると、原石の供給過剰や不景気によって、ダイヤの価格が暴落しました。
価値を安定させるために、原石の供給と流通をコントロールすることが重要と考えたユダヤ人経営者の間で、採掘権の買収合戦が勃発。勝利したのは、ユダヤ系金融の雄、ロスチャイルド家と、現在も存続しているデビアス社でした。

第二次大戦が始まると、ナチスは、ダイヤの加工・流通の中心である、オランダのアムステルダム、ベルギーのアントワープを攻略。ダイヤという軍資金の獲得と、ユダヤ人の殲滅の一石二鳥を狙います。
しかし、すぐにユダヤ人を捕らえたりせず、届け出れば当面は商売を保証しました。これは、ダイヤのありかをすべて把握した段階で、ユダヤ人からごっそり奪うための作戦でした。
すべてがナチスの思いどおりになるかと思われましたが、ダイヤに目が眩んだナチスの将校が、ほとんどのダイヤを横領してしまって、今も行方知れず(^^;
多くのユダヤ人が、収容所で殺されてしまいましたが、戦後も、そして現在も、ダイヤの取り引きにユダヤ人が深く関わっていることは、続いています。

「ダイヤモンドは永遠の輝き」なんて言ってるけど、所詮、他人が作った価値でしかありません。
燃えてしまえばただの炭。焼き鳥を焼くには小さ過ぎます(笑)。

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by june_h | 2009-07-17 20:58 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

【映画】精神

岡山県の精神科病院を舞台にしたドキュメンタリー映画。
監督は、ドキュメンタリー映画「選挙」で高い評価を受けた想田和弘。今回の映画も、釜山国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しています。

ナレーションは一切無し。モザイクも無し。この病院にやってくる患者や、働いている職員、医師のインタビューをまじえつつ、彼らの日常を淡々と追っています。

テレビ番組で、このテの特集があると、自殺未遂の生々しい傷痕とか、急患で運ばれてきた暴れる人とか、症状の恐ろしさばかりが強調されますが、この映画では、一人一人のインタビューに、長く時間を割いています。まるで、監督が、カメラを向けながらカウンセリングをしているようでした。

症状はどんなものなのか?家族関係は?生活の様子は?患者は淡々と語っていきます。
そうすると、手首切ったとか、幻覚が見えるとか、そんなことが本当の問題なんじゃないって思えてきます。
その人が長年抱えてきた痛みとか、苦しさとか、孤独感とか。
もちろん、本人の性格特性の問題もあると思うけど、親から虐待されたとか、生活環境の問題とか、本人だけの問題で片付けられない部分が見えてきます。
聞いていて、私もいろいろ質問したくなりました。

でも、これらの病気の難しいところは(どんな病気もそうだけど)、生活環境も含めて考えていかなきゃいけないところ。

偏見があるので、家族の協力がなかなか得られなかったり。そもそも、家族関係がうまくいってないことも一因だったりするので、孤立しやすいんです。

また、薬の副作用で身体が思うように動けなくなって、働けなくなったり、家事ができなくなったり。
患者の中には、生活保護を受けている人もいましたし、子供を手放した人もいました。
特に、公的援助を受けられるかどうかは、患者や支援団体にとって、大きな死活問題です。

この映画を見ていて、特に私が思ったのは、三度の食事と十分な睡眠、基本的な生活習慣の大切さ。
これがちゃんとできないと、どんな病気も治りにくいでしょう。

この映画の患者さん達は、一人暮らしであることが多いので、病気と副作用を抱えながら、家事をするのは難しい(特に男性!)。
ヘルパーさんに教えてもらいながら、危なっかしい手付きで料理するのを見ていると、親と仲悪かったから、教えてもらえなかったのかなぁ、とかいろいろ考えさせられてしまいます。

そして、人とのコミュニケーション。
他愛ない会話して、笑える時間が少しでもあれば、どんな薬よりもよっぽど良いと思います。
なぜそんなに
かた身のせまい思いを
しなければならない
のですか

なぜもっと自由な
心になれないのですか

なぜ

それは、けっきょく
自分が自分を心の中
で裁いているから
ではないでしょうか

「精神科の患者に対して見えないカーテンがあるように感じますが・・・・・」
との監督の問いに対して、二十歳で発病して以来、数十年間病気と付き合っている男性の言葉が印象的でした。
「私達の側からも、健常者に対してカーテンをかけてしまっている面があると思うのです。
だから私は、せめて自分に対しては、偏見を持たないようにしたのです」

頭撫で 自分で自分を褒めてやる
よくぞここまで生きてきたねと



<関連リンク>
映画『精神』公式サイト
「精神」(映画詳細、映画館情報)
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by june_h | 2009-07-15 21:14 | 映画 感想 | Trackback | Comments(2)

江戸時代に流行った病気、医療、薬についてのあれこれ。

江戸の病 (講談社選書メチエ)

氏家 幹人 / 講談社


幕末から明治にかけて、すでにインフルエンザらしきものは、あったらしい。面白いのは「お染風邪」「お七風邪」「谷風邪」とか、有名な小唄や力士の名前を付けられていたそうな。
どちらも同じ「流行りモノ」ってことですね(^^;

江戸城下で流行ったものといえば、なんと言っても吉原通いと梅毒!
江戸期の人骨の発掘調査によると、江戸の成人の梅毒罹患率は、なんと50%だったとか!
「火事と喧嘩は江戸の華」と言われていましたが、「梅」も花盛りだったようで(^^;

しかし、当時の医師は、なかなかアテにならないもの。

医者は、国家試験や、決まった訓練があるわけではなかったので、看板を出せば誰でもなれたそうです。
そのため、技術は玉石混合で「ヤブにもならないタケノコ医者」なんて狂歌もあったくらい。社会的地位も低く、中には詐欺まがいの治療で法外な治療費を取る医者も。幕府の奥医者であっても、小姓達にバカにされ、頭を撲られることもあったとか。

では、薬は?というと、こちらも玉石混合。
当時の薬は、漢方薬が主流。
しかし、時には処刑された人の死体までも、漢方薬の原料として取り引きされたらしい(^^;

武士である内藤鳴雪の自叙伝には、瘧(おこり:間欠熱)を患ったとき、医者から処方された機那塩(キニーネ)を飲んだところ、すぐに治った、という記述がありました。
200年前のドイツの医師、ハーネマンさんも、キナ(キニーネ)が、マラリア(間欠熱の症状)に効くことから、ホメオパシーの原理を発見したんだよね!
日本でもキニーネが使われていたなんて!感激♪

当時は、幼児死亡率も高く、出産も命懸けで、今よりずっと寿命が短かった時代。
しかし、医者も薬もアテにならないし、治療するお金もないので、みんな、助け合うことが当たり前だったようです。
例えば、身分の上下にかかわらず、母乳を分け合うことは普通に行われていたようです。
また、重度の梅毒患者だとわかっていても、下男として雇い入れた旗本の記録も残っています。
幕府も、朝鮮人参を無料で配ったり、庶民の健康のために食事法などを記した書物を配ったり。

病気を治すのは、薬ではなくて、結局は人なんだな、と、改めて思ったのでした。

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by june_h | 2009-07-12 11:49 | 本 読書 書評 | Trackback(1) | Comments(0)

いやぁ、こんな映画もあるんですねぇ・・・・・。
ものすごく感動したとか、大泣きしたとかじゃあなくて。
今まで観たことのない映画でした。本当に。

香川照之をして「若くてキレイなのに、腹ん中は真っ黒」と言わしめた西川美和監督、その意味がよくわかりました。

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バンダイビジュアル


まず、何がスゴいって、映画の人物達の、映画になる前の人生も、その後の生活も、どんな顔して生きているかまで、想像できちゃうこと。

医師免許が無いのに、村で医療行為をしている主人公の伊野。
彼は医者の父親に憧れ、彼自身も医者を目指したが挫折し、医者に対して強烈なコンプレックスを持っていたのではないだろうか。
そして、医療機器メーカーの営業として就職し、皆からペコペコされる医者を目の当たりにしてきて、忸怩たる思いを抱く反面、金儲けや自己保身に走る医者を軽蔑してきたのではないだろうか。
そんな思いがあったから、彼は、無医村で、彼自身が考える「理想の医者」として振る舞ったのかもしれない。

そんな彼に日常接してきた看護師と製薬会社の営業は、彼がニセ医者だって気づいていたに違いない。
でも、彼が描いた理想の医療が気持ち良くて楽しくて、一生懸命彼を「本物」に仕立て上げようとした。

看護師の大竹は、医師の男性との離婚歴があった。
結婚した当初は、二人でいつか開業して、本当に患者のためになる治療をしていこうね、なんて、夢を語り合っていたかもしれない。
でも、現実は、日々の診療と経営に追われて、理想どころではなかったのだろう。看護師だからということで、夫から一段低く見られ、苛立ったこともあるだろう。
やがて二人の間に会話は無くなる。別れた原因は、相手の浮気だったのかもしれない。
でも伊野は、そんな自分の理想を体現してくれた。医者と看護師、お互いに支え合って、地域の医療を担う。皆に感謝され、喜ばれる。まさに、自分の夢ではないか!

製薬会社の営業の斎門は、ノルマに追われる毎日に、嫌気がさしていた。薬をいくら売っても、実際に飲む人は誰だかわからない。やりがいを感じられなくなっていた。
でも、伊野は、そんな自分に、患者と直に接する機会を与えてくれた。患者の喜ぶ顔が見られる。ありがとうと言ってもらえる。なんて素晴らしいんだろう!

研修医の相馬は、村人から神のように崇められる伊野に心酔した。彼の父親は病院の院長で、経営のことばかり考えて、ちっとも医者らしくなかったからだ。
尊敬の念を真っ直ぐぶつけてくる彼に、伊野は、
「オレはニセモノだ」と本心を吐露する。しかし、相馬は、それを比喩だと受け止める。あなたは、理想の医者じゃないですか!みんな喜んでいるじゃないですか!と。それに対し伊野は
「村人は足らんことを受け入れているだけや」と。
伊野自身は、自分がニセモノだと思っているから、周囲の熱狂に対して冷めている。

ウソだっていいじゃない。
だって、誰も困ってないし、傷ついていない。
むしろ、みんな喜んでる・・・・・と「共犯者」達は思う。

しかし、みんなが笑顔になればなるほど、不安と罪悪感は高まる。
急患が運ばれてくるたび、伊野が患者の身体に針を入れるたび、バレるのではないかと、緊張が走る。

しかし、とうとう終わりはやってきた。

ある患者の一人娘が帰省してきた。彼女は、東京の病院に勤務する医者だった。母親の体調と、家にあった大量の薬を不審に思った彼女は、伊野に、母親の病状と治療方針を問いただす。完璧に説明仕切った伊野を、彼女は信用するが、彼女がある言葉を口にしたとたん、伊野は、外出。そのまま失踪してしまう。カルテを見た彼女は、すべてを知る。

私は、彼がウソをやめてしまう瞬間を、大きな実感を持って見ていた。
彼女は別に、決定的な言葉を口にしたわけではなかった。
何かがギリギリまでたまっているとき、それがあっけなく破れるのには、ほんの些細なきっかけで十分なのだ。

「あなたは村を訴えることもできるんですよ」という刑事に、彼女は「訴えられるのは、むしろ私の方じゃないですか?私が来なければ、すべてがうまくいっていたのに」と。

伊野がニセ医者だとわかったとき、村人達の態度はコロッと変わる。なんて恐ろしいことをしてくれたものだ、と。まるで魔法が溶けたように。

ホンモノの医者って、なんだろう?
医師免許さえ持っていれば「医者」になれるのか。そう思えない医者もたくさんいるけど。
例えば、同じように、婚姻届を出せば、その二人は「夫婦」になれるのか?実際の関係は、「ただの同居人」だったり「親子」だったり「主人と奴隷」だったりするのに(笑)。
みんな、職業とか、続柄とか、いろんなラベルを持って生きているけど、内実は、まったく違うことだってあるのだ。

それから、この映画について、もう一つスゴいと思ったのは、役者自身のカラーが、まったく気にならなかったということ。

主演の笑福亭鶴瓶をはじめとして、中村勘三郎など、キャラの濃ゆい役者がたくさん出ていたというのに、みんな映画の世界の人として見られた。
松重豊なんて、普段とまったく違う顔に見えた。

伊野が失踪した後の行動も、とても納得のいくものだったし、ラストシーンも・・・・・いろんな解釈があるのだろうけど、自分なりに納得できるものだった。
遠回り 遠回りするのさ
どんな道草にも花は咲く

「偽」という漢字は、「人の為」と書く。
伊野は、人のために自分を偽ったのだ・・・・・我ながらウマい!・・・・・でもこれはウケウリだけどね(^^;

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by june_h | 2009-07-11 21:57 | 映画 感想 | Trackback(1) | Comments(2)