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彼は、家が市川にあり、この辺の職場まで毎日通勤しているのだという。
私より、土地勘のある人と一緒に歩けるなら心強い!

彼は、会社に泊まることも考えたが、ここから市川までは、ハーフマラソンくらいの距離なので、歩いて帰ろうと決めたらしい。
午後は、余震で仕事にならなかったという。しかし、彼の話から、インフラは大丈夫であることを確認できた。ネットも、接続に多少時間がかかるくらいだったので、ネットから仕入れた情報を、歩きながらいろいろ教えてくれた。

私達は、お互い、家族が無事であることを、とりあえず喜び合う。

通りを歩く人の多さも尋常ではないが、車は、ビッシリ。動く余地がほとんど無い。両国行きのバスを見かけたが、歩いた方が絶対早い。
時折、救急車や消防車が止まっているのを見かけたが、目立って惨事があるわけではないようだ。

彼は、自分のスマートフォンと、見えている交差点を見ながら、その都度、現在位置を確認してくれた。

後ろのサラリーマンの一団から「錦糸町」という単語が聞こえてきた。
「錦糸町まで行くのですか?」と尋ねると、そうだ、という答え。
なんでも、新橋から歩いてきたのだという。みんなで目的地に向かって歩いているようで、なんだか心強くなった。

秋葉原・・・・・浅草橋・・・・・隅田川を渡って、両国・・・・・。
日比谷から、3時間近く歩いただろうか。

「あの歩道橋が、錦糸町の駅前です!」彼は叫んだ。
「やったあ!着いたあ♪」私も叫んだ。

彼のおかげで、道にも迷わず不安にもならず、むしろ楽しく錦糸町までたどり着くことができた。
私は、先ほどコンビニで買った、水とチョコとカロリーメイトをお礼に渡し、気をつけてね!と言って彼と別れた。なんたって、市川までは、まだ半分以上あるのだ。無事にたどり着くことをお祈りして・・・・・。


(つづく)
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その2「何もわからず放心状態になり」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その3「映画は上映中止に」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その4「紅茶一杯でネバってみるが」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その5「やっぱり歩いてみようと思い」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その6「大手町で一人の男性に出会った」
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by june_h | 2011-03-31 12:53 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

※3/6の観劇記録です。

吉原が舞台の芝居って、浅葱幕をバッと落として一気に舞台を見せるパターンが多いですね。
桜が美しい舞台に、思わず「うわあ」と声を上げてしまいます。

・鳥売りの男:中村梅玉
・鳥売りの女:中村福助


二人の衣装も美しい!
白地にうっすら水色がかかって、襟元は黒。襦袢は赤。十六武蔵の模様がアクセントになっています。

地震が起きるまで、梨園の役者さん達がメディアを賑わせていましたが、私は、仕事をキッチリやってくだされば、あまり気にしません。あと、法に触れなければ(^^;
品行方正だけど下手な役者と、スキャンダラスだけど上手い役者なら、私は絶対後者です(笑)。周りの人達は大変でしょうけどね・・・・・。

帰り道、歌舞伎座建設現場をチラリ。
壮麗な歌舞伎座が跡形も無く、すっかり更地に。早く建たないかな~(^^)
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by june_h | 2011-03-30 12:58 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(0)

※3/6の観劇記録です。

この芝居は、黙阿弥晩年の作だそうで、「水天宮ご利益物語」の趣向。

・船津幸兵衛:松本幸四郎

明治時代になって落ちぶれた侍の幸兵衛。妻に先立たれ、乳飲み子を含む3人の子供を抱えて苦労している。しかも、長女は盲目。借金も返せず、無理心中するしかないと思い詰めたが、子供達を殺すことができず、とうとう気がふれてしまう。

おかしくなってからの、幸兵衛の立ち回りが、笑いになっている芝居ですが、私は全然、笑えませんでした。
きっと、明治になって、こういうお侍さん、たくさんいたのでしょうね・・・・・。

最後は、水天宮の功徳によって、川に身を投げた幸兵衛は助かって、長女の目が見えるようになってハッピーエンド・・・・・でも、これはハッピーなのか?生活が苦しいのは変わらないし、目が見えるようになった娘は、遊廓に売り飛ばされるんじゃないのか!?
まあ、生きてさえいれば・・・・・。

子役達が可愛かったのだけど、イヤホンガイドで名前を聞き逃してしまいました(^^;
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by june_h | 2011-03-29 12:59 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(0)

※3/6の観劇記録です。

ええぇ!?吉右衛門さんが匂宮ぁ!?あのプレイボーイの??・・・・・これは冷やかしに行かなくては(^m^)と思って足を運びました(笑)。

・匂宮:中村吉右衛門
・薫大将:市川染五郎
・浮舟:尾上菊之助


吉右衛門さんが、色男のシンボルである浅葱色の狩衣を着て、
「オマエは男を知っているのかぁ?私はオマエが欲しいぞぉ。デッヘッヘ」
なーんて、スケベ丸出しでギラギラしていると、「色男」というよりは、「スケベ爺じぃ」みたい(笑)。
セリフを言い淀んだりすると、ますますそう思っちゃう。
こういう役は、海老蔵がピッタリと思うのですが、ハマり過ぎて逆に笑えなくなるかしら(^^;
浮舟役の菊之助は、叫び声が色っぽいわねぇ(*^_^*)いじめたくなっちゃう(笑)。

平安時代のお話なので、美しい衣装は結構でしたが、セットとセリフに違和感が。

当時の貴族のお屋敷は、寝殿造だったので、天井は無いはず。でも、外から見て天井があるように感じるのね。だから、江戸時代の武家屋敷に、御簾とか半蔀か、内装だけ平安貴族のモノにしているみたいでヘンな感じでした(私の気のせいかもしれないけど)。

セリフでも、浮舟ちゃんが匂宮と関係した後に
「私の中に悪魔がいる!」
と、言いましたが、「悪魔」って言葉、あまりにも現代的で違和感バリバリ(^^;
せめて「鬼」にして欲しかったなあ。
北条秀司さんという、最近の狂言作家さんの戯曲なので、セリフが分かりやすいのだけれど、もう少し雅な言葉を使ってくれても良いのになぁ。

マンガの『あさきゆめみし』で、この芝居の基になった宇治十帖を読んだときも思ったけど
・・・・・薫も匂宮もムカつく(- -メ
薫は、真面目かもしれないけど、独り善がりで、自分の理想に忠実なだけ。浮舟が匂宮に体を許しと知ったとき「なぜ命を絶たなかったのか?」と、浮舟を責めた。
オマエが浮舟をほったらかしにしといて、何言ってんの?こいつ!?
まだ、自分の欲望に忠実であっけらかんとしている匂宮の方が・・・・・いや、結局、どちらも自分のことしか考えていないってところは同じだわね(^^;

「宇治十帖」に限らず、源氏物語を読んでいると、「フン。しょせん男なんて・・・・・」っていう、紫式部の諦観を感じます(笑)。
きっと、宮仕えをしていて、貴公子達のミもフタも無い本音ばっかり見てきて、スレッカラシになってしまったんでしょうね(^^;

それにしても、どの役にも惹かれないし、どの役にも感情移入できない芝居って、観ていてキツいわあ(^^;;;
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by june_h | 2011-03-27 18:18 | 歌舞伎 鑑賞 | Trackback | Comments(0)

外に出ると、既に各々の家を目指す人達で溢れていた。
見上げると、昼から止まったままの新幹線が、ずっと同じ場所に。
とりあえず、JRの駅を目指す。

歩くことは、好きだ。
私は、横浜線に沿って、新横浜駅から町田駅まで歩いた女(←5cm×2cmの水ぶくれが足の裏にできた)。
私は、東横線に沿って、菊名駅から多摩川駅まで歩いた女(←日が沈んだので終了)。

線路沿いを歩くのは、元々大好きなのだ。
次々と駅が現れ、目標と達成感が明確だから。

有楽町駅を抜け、東京駅へ。
都心の駅の間隔は短い。
錦糸町も、そう遠くないはずだ。

東京駅前のバス停とタクシー乗り場は、気が遠くなるほどの行列。
しかし、あれだけの揺れだったのに、丸ビルは、煌々と光を放ち、堂々とそびえ立っている。
交通網が麻痺して、人と車が溢れている以外は、何事もなかったかのよう。
この景色が、私にどんなにか安心感を与えてくれたことか。

日本ってスゴい。日本人ってスゴい。
素直に思った。

はとバスの待合室では、お客さんがぼんやりしている。
旗を持った添乗員さんが、混雑した道で、一生懸命にツアー客を誘導している。

東京駅には、錦糸町駅がある総武線が通っているはず。
私は、入口で駅員さんに、総武線の線路沿いまで行きたいと尋ねた。すると、
「東京駅は、総武線が地下なんですよー」
orz・・・・・そうだった、地下だった。総武線の線路が地上に無いのだ(^^;
駅員さんは、とりあえず靖国通りを目指せと言った。方角は教えてくれたが、まだずっと先だという。

線路が無いということは・・・・・私には「方向音痴」という「才能」を発揮する可能性がある(笑)。
しかし、今ここで、この「才能」を発揮するわけにはいかない(^^;
そのために私がしたことは「ひたすら人に道を聞くこと」。ワンブロックごとに、人に聞きまくる。

そして、なんとか大手町までたどり着く。
近くの交番で、再び、靖国通りの方角を尋ねようとしたが、同じように、警官に道を尋ねる人が多くて、なかなか私が聞くチャンスが回ってこない。

「すみません、総武線沿いに市川まで行きたいんですけど・・・・・」
一人の男性が、警官に聞いていた。
「私も・・・・・総武線を探しているんです!錦糸町まで行きたいんです」
この人も、私と同じ方向に違いない。私は思わず、口をはさんでしまった。
私も、彼と一緒に、ちゃっかり靖国通りまでの道の説明を聞くことができた。

靖国通りは、まだまだ先。道はそれほど難しくないようでよかった。
とりあえず、「才能」を発揮せずに、順調進んでいることが確認できてホッとする。
すると、先程の男性が、私と歩幅を合わせて言った。
「一人で歩くよりも、誰かと一緒に歩いた方が、気がまぎれるから・・・・・」


(つづく)


東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その2「何もわからず放心状態になり」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その3「映画は上映中止に」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その4「紅茶一杯でネバってみるが」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その5「やっぱり歩いてみようと思い」
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by june_h | 2011-03-26 20:39 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

とりあえず、紅茶を飲んで、落ち着こうと思った。
本を取り出して読もうとするが、こういうときに限って『外様大名40家』などという、マニアックな本を持ってきてしまっていて、全然頭に入らない(笑)。
(いつもマニアックな本ばっかし読んでるじゃん!と突っ込んでいる人もいるかもしれないが)

お茶を飲んでいると、トイレが近くなって困る。
でも、トイレは、普通に使えるようだ。一安心。

私はいわゆる「帰宅難民」というヤツになってしまったのではないかと、漠然と思う。
阪神大震災のときに読んだ、雑誌『AERA』の「首都圏で、もし、直下型地震が起こると、帰宅難民が数百万人」の記事が、頭をよぎった。

でも、建物やインフラには、それほど損傷なさそうだから、その記事よりまだマシな状況のような気がする・・・・・。

こうして座っている間にも、余震が何度もやってくる。そのたびに、吊り下げられている照明がブラブラ揺れる。

私の隣に座っている女性二人も、埼玉の川口から来ているという。やっぱり、自宅がどうなっているのか心配している。

「本日は18時で閉店でございます」
店員がやって来て告げた。

やっぱり、夜までは、居させてくれないのね・・・・・。

私は、ふと思った。
錦糸町の友達はどうだろう。

錦糸町なら、家の方角だから、電車が動いたときにすぐに乗れる。
それに、父親が居る清澄白河にも近い。

とりあえず、錦糸町に行ってみよう。ダメなら錦糸町で過ごしても良いし、もっとその先まで歩いても良いし。

決まったら、早くに動いた方がいい。
私は、再び携帯の電源を入れて、家族の電話番号など、必要な情報をメモした。

そして、トイレを済ませ、閉店を待たずに店を出たのだった。


(つづく)


東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その2「何もわからず放心状態になり」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その3「映画は上映中止に」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その4「紅茶一杯でネバってみるが」
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by june_h | 2011-03-25 20:06 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

名古屋でもかなり揺れた!?
どんだけ大きな地震だったっての??
しかも、母親が小学校に避難。
ここより震源地に近いから、揺れは大きかったんだろう。
家は無事なのかな・・・・・。

母親は大丈夫だと言ったけど、声を聞いたわけではないから、なんだか心配・・・・・。

ぼちぼち寒くなってきた。
いつまでも外にいたくないな、と思ってきた。

見たところ、建物が目立って損傷したりしているわけじゃなさそうだ。
とりあえず、暖かい場所に行きたいと思い、日比谷シャンテに戻ることにした。

座ってゆっくりしたいので、二階にある喫茶店へ。
店員さんが、申し訳なさそうに一番奥のテーブルに通案内したのだが、私は知っていた。

・・・・・ここの喫茶店、一番奥でも、エスカレーターに最も近い(笑)。

外の空間とは、植木で遮っているだけ。植木の間を抜ければすぐに避難できる。
私は、席に着いてから、こっそり植木鉢の空間を広げておいた(^^;

店員さんが、オーダーした紅茶を運んできた。
私は、何かあるか分からないので、会計を済ませておいて良いか申し出ると、快く受けてくださった。

・・・・・さて、紅茶一杯で、どこまでネバろうか(笑)。

この様子だと、いつ帰れるか分からない。
あの大きな地震だと、線路の点検なんかもあるから、電車は今日中に動かないだろう。
私が使っている東武伊勢崎線は、震源地に近いからなおさら。
携帯の電池も、いつまで保つか心配だ。

私は、家族に
「電車が動かないかもしれないから、今日は帰れないかも。日比谷シャンテにいます。なるべくじっとしているつもり。携帯の電池が切れるとヤバイから、自分が連絡するときだけ電源入れます。お茶しているから心配しないでね」
とメール(やっぱりなかなか送信できなかったけど)。

そして、私は携帯の電源を切った。

(つづく)


東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その2「何もわからず放心状態になり」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その3「映画は上映中止に」
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by june_h | 2011-03-23 20:31 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

地震から10日以上経っているのに、各媒体での地震の名称が統一されていません。
私が調べただけでも、ざっとこんな感じ。


・NHK、フジテレビ:「東北関東大震災」
・日本テレビ:「東日本大地震」
・TBS、テレビ朝日、朝日新聞、日経新聞:「東日本大震災」
・読売新聞:「東日本巨大地震」
・産経新聞:「東日本大震災」「東北地方太平洋沖地震」の混在
・Yahoo:「東北地方太平洋沖地震」


今のところ、どの名前でも、今回の地震を指していることがわかりますけど、ネットでは、特に、検索ワードの問題があるので、早く統一したほうが良いと思うのですが・・・・・。
名称が統一されていないがために、重要なニュースが検索されなくなったりしないでしょうか。
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by june_h | 2011-03-23 12:20 | 雑記 | Trackback | Comments(2)

外でもハッキリ揺れが分かるほどの大きな余震。
私は、ビルが「震えている」のを初めて見た。

「コワイ、コワイ、コワイ・・・・・」
どこからかやってきたOLの一団が叫びながら、皇居の方に走って行く。そのうちの一人が、パンプスを片方残していったが、構わず逃げていく。
私は、外にいたから、あまり揺れの恐怖を感じなかったけど、中にいた人には、かなり大きく感じたのだ。

こりゃ、完璧、映画は中止だな・・・・・。

映画館の窓口に行くと、案の定、長蛇の列。
「地震により、映画の上映は中止いたします。再開は未定です。払い戻しはこちらで行っております」
係員が叫ぶ。
私の前には、半券を握りしめた男性が。

そうか。上映中に地震が起こって中断したんだ。

見ていた人には、申し訳ないけど、無理して最前列取らなくて、良かったと思った。
もし、狭くて暗い映画館の中で、あの揺れに襲われたら、しばらく映画に行けなくなるくらい、トラウマになっていたかも・・・・・。

窓口では、お金がなかなか用意されていなくて、払い戻しがほとんど進んでいなかった。
「早くして!まだなの!?早くして!」
最前列のオバチャンが、窓口をバンバン叩いている。
お願い、こんなときに、オバチャンらしさを発揮しないで(-_-メ
オバチャンに、嫌な思いをしつつも、なんとか払い戻しをしてもらえた。

いつもは、見向きもされない公衆電話に長蛇の列が。
その後、いくつかまとめてメールを受信した。やっぱり込み合っていて、受信もままならない。

父から大丈夫だというメールと。
母から無事で良かったというメールと。
お昼を一緒に食べた友達から安否確認のメールと。

そして、名古屋の妹からのメールが。
「名古屋もかなり揺れました。お母さん、小学校に避難するみたいです」


(つづく)


東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
東日本大震災 帰宅難民顛末記:その2「何もわからず放心状態になり」
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by june_h | 2011-03-22 20:48 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

しばらく放心状態で、日比谷シャンテ前広場をフラフラした。

震源地は何処だったんだろう。
どれくらいの規模だったんだろう。

かなり大きな地震だったことは確か。
でも、何もまだよくわからない。

とりあえず、父と母に
「いま日比谷。大丈夫だから」
とメール。父は私が都内にいることすら知らないだろうし。
でも、アンテナはバリバリ立っているのに、トラフィックが込み合っていて、なかなか送れない。電話もつながらない。

通り過ぎる人達が噂している。
「宮城沖が震源だってよ」
「震度7らしい」
・・・・・震度7!?
マグニチュード7じゃなくて??
私は耳を疑った。

携帯のワンセグでテレビを見ると、気仙沼で船が漂っている映像が映ったが、必要な情報が手に入らない。
地下鉄日比谷駅の入り口に歩いてみた。
立っていた人に尋ねると、やはり、さっきの地震で電車が止まっているとのこと。

そうだ。ぼんやりしている場合ではない。
これから会う友達に、すぐに連絡しないと、都内に彼女が出てきてしまう。
私は「今の都内は危ないから、また今度にしよう」と連絡。やっぱりなかなか送れなかったが、彼女から了承メールが。良かった。

その後、また余震が来るかもしれないし、ひょっとしたら帰れなくなるかもしれないので、コンビニで、水とチョコとカロリーメイトを購入(このときは、お客さんがまだガラガラだった)。

こんな状態じゃあ、映画は中止じゃないかしら・・・・・と、映画館の窓口に向かおうとしたとき、
「キャアあああーーっ」
悲鳴が聞こえ、周辺のビルから次々人が出てくる。

余震だった。

(つづく)

東日本大震災 帰宅難民顛末記:その1「その瞬間、日比谷シャンテの地下1階で」
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by june_h | 2011-03-21 18:09 | 雑記 | Trackback | Comments(0)