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幕が上がって、最初に思ったのは
「筧さん、顔デカい(笑)」
高橋一生君と並んじゃいけません(^^;

最初のダンスはWORLD ORDERのパクリでは!?。
まあ、それはそれで。

もちろん、これまでの第三舞台の芝居で恒例となっているものも、いろいろ登場しました。
長野さんの着ぐるみダンスとか、ケダモノの筧さんとか(笑)。
でも、私は今回初めてなので、お客さんがどよめいていても、よくわからないことも多かったです(^^;

あと、第三舞台の芝居に登場した歴代の役者さん何人かが、思わぬ形で登場したり。
ブランクのある役者さんと、そうでない役者さんに差があるように思いましたが、そんなことは、今回関係ありません。
舞台の熱気と、お客さんの情熱との一体感がありました。

終わってもカーテンコールが鳴り止まず。大高さんがブチ切れるまで続きました(笑)。
終演後にロビーで、鴻上さんにハグや握手を求める人達もいました。
初日から間もない舞台でこんなんだったら、千秋楽は、どうなっちゃうんだろう(^^;;;

「虚構の劇団」の子達の出演もあるんじゃないかなって予想していたら、やっぱりありました!
小沢道成くんと三上陽永くん。
思わず、ロビーにいた鴻上さんに直接確認してしまいました(^^;

道成くんは、カーテンコールのとき、本当に嬉しそうで。
終演後に物販に飛び出して来ていて、目がキラキラしていて。
憧れの第三舞台と同じ板の上に上がった喜びが伝わってくるようでした。
私は、彼が、目をキラキラさせて舞台に立っている姿が好きなのです。

追加公演も次々決まって、かなり長丁場な舞台になったようで。
体に気をつけて、千秋楽まで駆け抜けてください。
そして、第三舞台に縁あるお客さん達が一人でも多く見られますように。お祈りしています。
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by june_h | 2011-11-30 13:03 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

最初に観た第三舞台の芝居が、解散公演なんて淋しすぎます・・・・・けど。
良かったです!

私が最初に第三舞台を知ったのは、中学生の時に見ていた深夜番組「IQエンジン」で。
でも、新聞のテレビ欄にある「第三舞台」が何を意味しているのか、最初はわかりませんでした。「IQエンジン」に出演していた筧さんや大高さんが所属していた劇団名であることを知るのは、ずっと後のことです。

それから、高校に行って、大学に行って、就職して。
自分でお金が稼げるようになってから、ちょっと高いチケットを買って演劇やコンサートに足を運ぶようになりました。
その時ふと、中学生の時に見ていた筧さんや大高さんをナマで見たくなり、第三舞台20周年記念&10年間封印公演「ファントム・ペイン」のチケットを取ろうとしましたが、ダメでした。

鴻上さんの舞台は「ハルシオン・デイズ」が初めてでした。
見終わった後、まるで私のことを何十年も前から知っている人と話したような、不思議な爽快感がありました。
それからは、鴻上さんが書いた戯曲やエッセイを食い入るように読んで読んで・・・・・。
第三舞台の封印が解除されるという「十年後」を、ずっと待っていたのです。

ついにこの日。
紀伊國屋書店の階段を上がり、4階に着いた時、異様な雰囲気をホールの入口から感じました。
ロビーは、この規模のホールでは感じたことのないような熱気で溢れていました。
決して騒がしいわけではありません。静かな期待と興奮でいっぱいなのです。

たくさんの花をかき分けて客席へ向かうと、あちこちから「これで終わりなんだね」「もう最後なんだ・・・・・」という声が。
私よりもずっとずっと、第三舞台を愛し、この日を待ちわびていた人ばかりで。
私は、初めてなのに、なぜだか、この人達と今までずっと同じ舞台を見てきたかのような錯覚に陥りました。

こんな感覚は、初めてです。

客席に座って、鴻上さんの「ごあいさつ」を読んで・・・・・幕が上がる前からすでになぜだか涙ぐんでいました。


(つづく)
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by june_h | 2011-11-29 12:38 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

ずいぶんと道草を食ってしまいましたが、私達には、行きたかった所があるのです。

それは、「ナンバー・イレブン(No.11)」とよばれる建物。

スリランカの有名建築家ジェフリー・バワの設計した住宅で、実際にバワさんが住んでいた家でもあります。

ジェフリー・バワは、1919年に生まれたイギリス人の血を引く支配階級のスリランカ人。
イギリスで建築を学び、スリランカに帰国後、ホテルや国会議事堂を設計しました。

友達が建築関係の仕事をしているので是非見たい!と。建築って、写真だけじゃわからないことがたくさんあるもんね。
でも。

・・・・・場所がよくわからない(^^;

住宅街の中にあるので、ガイドブックの大まかな地図では、細かい道が載っていないし。
メジャーな観光地では無いので、近くの店の人に尋ねても、知らないと言われるし。
うろうろ歩き回っていると、暑さにだんだんヤラれてくるし・・・・・。

ようやく、1台の観光バスを発見!
観光バスの運転手なら、さすがに知っているんじゃないかと思い、運転手に尋ねると、やはり「知らない」という返事(T_T)
でも、その家の前の通りは、地図でわかったそうなので、私達をバスに乗せて、わざわざ送ってくれました!

なんて親切なんだろう\(^^)/

送ってくれたお礼に、チップを渡そうとすると、受け取ってはくれず、代わりに「困ったらここに電話して」
と、観光会社の名刺を渡されました。

やっぱりスリランカ人は、素晴らしい(T_T)

バスから降りると、見るからに高級住宅街な場所。
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ナンバー・イレブンって、番地の名前だったのですね。
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インターホンを押すと、中から管理人らしき女性が出て来ました。
実は、この建物を見学するには予約が必要なのですが、私達は予約していません。
そこで、友達は、
「私は日本人で、建築関係の仕事をしています。予約していませんが、ぜひ見学したいのです」
と英語でお願いしたらば、
「今からランチに行くので、2時にもう一度来なさい」
という返事。
やったあ!見学できる\(^^)/・・・・・と喜んだのですが、一旦2時にホテルに集合することになっていました。
そこで、私は、さらに厚かましいお願いをしました。

「How about 1'o clock(1時はどうですか)?」

すると、オッケーのお返事。
やったあ\(^^)/
言ってみるもんですね!

とりあえず、1時までには、まだ間があったので、私達もランチに行くことにしました。
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by june_h | 2011-11-27 20:43 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

「良い仕事してますね」のセリフでお馴染みの、「開運!なんでも鑑定団」の鑑定師、中島誠之助さんのエッセイ。
「ニセモノ師たち」 中島誠之助「ニセモノ師たち」 中島誠之助
最近、本を読むのが少し億劫になっていたので
「もしかして、鬱っ気再発!?」
と心配だったのですが、この本は、面白くて面白くて、食い入るように読んでしまいました。
単に、面白くない本を読んでいただけだったのね(^^;

中島さんは、幼い時に両親と死別。骨董商の伯父に引き取られ、仕事を手伝いながら、感性と審美眼を育てました。

中島さんの伯父は、優れた目利きであるだけではなく、優れた「ニセモノ師」でもありました。
ワケあり品を安く仕入れ、腕利きの職人に本物と見紛うニセモノを作らせて高く売るのです。

私は、歌舞伎の「色悪」という言葉を思い出しました。
「色気のある悪人」ではなく、「モノの色気とヒトの欲望を知り尽くした悪人」。
そんな伯父さんの仕事ぶりを見てきたので、中島さんは、いろいろなニセモノの「手口」を知り抜いているのです。

骨董業界には、独特の慣習が数多くあります。

プロの骨董商でも、見る目がなければ、同業者にニセモノをつかまされます。
しかし「騙される方が悪い」のが、この世界の常識。相手を訴えたりしないのはもちろん、恥ずべきこととして誰にも言いません。
中島さんは、今でさえ第一人者ですが、駆け出しの頃は、よく失敗したそうです。
しかし、その悔しさをグッとこらえ、猛勉強と研鑽を重ねていったのです。
特に、井伏鱒二の小説のモデルになった骨董商との「壮絶な頭脳戦(騙し合い)」は、スリリング!まるで、政治や外交の世界のよう。
中島さんも「骨董の世界は、ニセモノがあるからこそ面白い」と言います。

また、本当のプロは、ニセモノであることがわかっても、決して「ニセモノだ」とは言いません。
売る人買う人両方の面子を潰して恨まれるだけだからです。
なので、気付かずにニセモノばかり扱っている骨董商もいるそうです(^^;
「知識すなわち学問が土台になって、その上に美が成り立っているというのはアンバランスです。美しいな、いいなという感動が土台になり、その上に知識や学問が成り立っているのでなければ、美の探求によって得られる美意識の完成というバランスは崩れてしまうと私は思います」

「品物に罪はなく、欲心や悪心を持った人間サイドに罪があります」

「骨董を見分ける前に、まず人間を見分けることができるかどうか。それがニセモノかホンモノかを見分ける大きな鍵になるものだと思います」

多くの経験に裏打ちされた中島さんの言葉は深い!
ただの好々爺ではありませんよ!
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by june_h | 2011-11-25 12:21 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

ガンガラーマ寺院を出た後、自称ガイドの男性は、特別な場所に案内する、と言って私達をある場所に連れて行った。

そこは、宝石屋だった。

わかった!
この男性、宝石屋に観光客を連れて来て、店からキックバックをもらっているヤツだな!?

店のドアに鍵をかけたわけではない。
逃げようと思えば、すぐに逃げられそう。
こんな店早く出ようよ!と、友達と出て行こうとすると・・・・・。

「うーん、どれが良いかなー?」

・・・・・もう、商談始めちゃってるし(^^;

私もヒマなので、友達が終わるまで「商談」のテーブルに着いた。

出されたのは、ブルートパーズだった。
「キレイねー」
と私が言うと
「キレイネー」
と男は言った。

男は、2.7カラットで25000ルピーと提示。私に、おまえが望む金額を書け、と、私にメモを渡した。
私は、買う気がなかったので、「12000」と記入。
男は「俺をクビにする気か」と大袈裟なジェスチャーをして、「ボスに相談するから待て」と言って、奥に引っ込んだ。

なんでもイイから、早くどっか行きたいんだけど・・・・・友達は、まだまだ物色している。

戻って来た男は、メモに「18000」と書いた。
私は続いて「15000」と書くと、男は、15000ルピーの契約書をさっさと作って、私にサインするよう迫った。

そういえば、現地の駐在さんは、
「宝石は、半値以下まで値切ると、イイ買い物だよ」
と言っていた。

今ここで、私がサインすれば、イイ買い物をすることになるのかしら・・・・・。

でも、これは、石だけの値段。アクセサリーに加工するには、さらに50ドル(←通貨単位がいきなり変わった!?)必要だと言う。

私は、美しい物を見るのは好きだけど、それを所有することには興味が無い。
得な買い物かもしれないけど、私には宝石の価値がわからないし。もしかしたら、ニセモノかもしれないし・・・・・。

考えているうちに、ようやく友達が席を立った。私達は、店を出た。

外には、私達をここへ連れて来たガイドの男性が立っていた。
男性は、ガイド料として2000ルピーを要求して来たが、友達は、払う必要は無いと拒否。
ただし、ガンガラーマ寺院で、私達の分の入場料を払っているので、500ルピーほど渡そうとしたが、受け取らなかった。

今思えば、ガンガラーマ寺院で、私達にサファイアを見せたのも、宝石の購買意欲を煽るための伏線だったんだ・・・・・。

でも、結局、被害には合わなかったし。
私も、値切りの真似事ができたし。
結果オーライということで(^^;;;

「例え私が付き合っている友達が、泥棒だと言われている人でも、泥棒をさせなければ、その人は泥棒ではない」
というフジコ・ヘミングの言葉を思い出した。
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by june_h | 2011-11-24 13:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

ニュースになった時は驚きましたけど、シカオちゃんの決断、もちろん、祝福しますし、応援しますよ!
「やはり私が見込んだ男」だと思いました(笑)。


デビューのちょっと後くらいから、ずっとファンでした。
ちょうど、私が就職して働き始めた頃だったので、少し前にデビューしたシカオちゃんを、先輩のように思って励みにしていました。

歌っているときのシカオちゃんは、色っぽくて、ひたすらカッコいいですが、深夜ラジオのシカオちゃんは、テンパッたり、病気になったり(笑)。
間の悪さも、カッコ悪い部分も、必死に試行錯誤している姿勢も含めて全部スキです。

もちろん、好きになったきっかけは、楽曲。
「なんて生々しい音なんだろう」って、すごく驚いて。
30歳前のデビューというのも、かなりチャレンジャーですが、日本にあまり需要が無いファンクミュージックで、確固たる地位とオリジナリティを確立したのは、本当に大変な努力あってのことだと思います。

ミュージシャンとして安定したように見えた昨今、私は、彼のそんな状況を祝福しながらも、
「予定調和のライブならCD買えばいい」
「誰でも歌える歌ならわざわざ買わなくてもいい」
なんて、ちょっと物足りなく思っていたのも事実です(笑)。

そんな矢先の「独立」の話。
でも、今思えば、このための「準備」は、少しずつしていたのですね。

ファミリーシュガーのメンバーを総入れ替えしたり。
最少人数での「Hitori Sugar Tour」を始めたり。
常にベストな音を求めているのは、昔も今も変わらないんですよね!

ネット環境の発達で、メジャーとインディーズの差があまりなくなってきているのもあるのでしょう。
ダウンロードが盛んになってきてCDが売れなくなってきているけど、デビューしなくても、ネットで世界中に配信できるし。

メジャーレーベルで、マネージメントをきっちりやってもらえる反面、リリーススケジュールやプロモーションに追われながら活動するより、インディーズでの自由度の高さを望んだのですね。

今のシカオちゃんなら、固定ファンもいて、楽曲制作のためのスタッフやミュージシャンの人脈があるだろうし。
しかも、シカオちゃんの濃ゆい楽曲なら、表現の制約が少ないインディーズの方がもっと濃ゆくできると思うし(笑)。
わー楽しみ♪

「シカオちゃんでしか歌えない曲」
って、絶対あると思うのです。
これからも『前人未到のハイジャンプ』を見せてくれること、期待してます(^^)

【スガ シカオより】


ファンの皆様、関係者の皆様へ

いつもスガ シカオを応援していただいて、本当にありがとうございます。
今日は、皆様に大切な報告があります。

ぼくスガ シカオは、デビューから長年在籍したオフィス オーガスタを卒業し、独立という形でアーティスト活動をすることを決意いたしました。
事務所とも、時間をかけて十分に話し合って決めました。


2年ほど前から、ぼくは一人になることを考えはじめました。
それは友人がくれた、小さなアドバイスがきっかけでした。
それはどこにでもある、なんでもない一言ではありました。でもその言葉は、今の自分に何が足りないのか気づかせてくれたのです。

自分との向き合い方が足りないこと・・・
自分の立場に、いつしか甘えてしまっていたこと・・・
歌う覚悟があいまいなこと・・・

ぼくはこのまま、こんな風に、音楽を続けていっていいのだろうか・・・??
そんな風に、今の自分自身に疑問を持ってしまいました。

いま音楽業界は、大きな転換期を迎えています。流通の変化、配信への移行、リスナーの音楽との接し方までも含め、僕が音楽を始めた時、そしてデビューした頃とは大きく環境が変化して来ています。
そのうえ、震災や長引く不況・・・ますます音楽の本当の意味が問われる時代になっていきます。
こんな時代だからこそ、ぼくはもう一度一人の裸の表現者に立ち返り、いま書かなければならない自分自身のテーマと音楽に正面から向き合いたい。

ぼくにはまだ、歌わなきゃならない言葉がたくさん残っている。
鳴らさなきゃならない音が沢山ある。
届けなければいけないリスナーが、まだまだ沢山いる。
だからデビューの前のような、あの時間にもう一度立ち返り、自分自身の「言葉」と「音」、「歌」を丁寧に見つけていきたい。
そう決意した次第です。

そしてこれは、今のぼくのアーティスト人生最大の目標・・・・
「50歳までに、スガ シカオの集大成になるようなアルバム」を完成させたいのです。
自分が聴いてきた全ての音楽が凝縮されたアルバム、伝えるべき言葉が詰まったアルバム!!
それを作り上げるのが、今のぼくの大きな目標です。
もう、時間は沢山はありません。


今まで支えていただいたファンの皆様、関係者の方々には、多大な迷惑とご心配をおかけすることになります。
申し訳ありません。
深くお詫びいたします。
どうか、アーティストとしてのぼくのわがままをお許しください。
そしていつか、最高の「音楽」を手に入れて、CDやLIVEで聴いていただくことが、全てのファンの方・関係者の方への最大の恩返しだと思っています。


これからも今まで以上の気迫をもって進んでいきます、かわらぬ応援よろしくお願いいたします。

スガ シカオ



【(株)オフィス オーガスタ代表 森川欣信より】


いつもスガ シカオを応援してくれている皆様へ

このたびスガ シカオがオフィス オーガスタを離れ独立して活動する事になりました。
この1年、時間をかけて彼とは膨大な話し合いの場を持ちました。

ここしばらく、随分彼は世界のミュージック・シーン(当然日本も含まれています)に於ける変遷と現状、
そしてその行く末に危機感を感じていたようです。
CDショップの減少、配信への移行、あってはならない違法ダウンロードによる音楽の盗犯。
そんな状況下、自分の制作に対する姿勢にまでも疑問と不安が募り、
はげしい葛藤を繰り返す日々が続いていたようです。
そして、彼が「あと一歩だけ前に進もう」と下した決断はもう一度「個」に還ると言うことでした。


プロダクションやメーカーに依存するのでは無く,アーティスト自らが発信して行くと言う、
そんな新しいビジネス・モデルとも言える開拓への彼の固い意志。
この決断はミュージック・シーンの組織やシステム、
プロダクションに所属しているアーティストの在り方までも否定する誤解を孕んでいます。
ゆえに当初、彼の「個」への原点回帰はとても無謀に思えたので勿論僕は聴き入れませんでした。
なぜそこまで頑に「個」である事にこだわるのか理解出来ませんでした。


しかし彼の場合、作品をブラシュ・アップさせるためには
自らを逆境に立たせる事、自分自身を追いつめる事に他ならないと言う思いに至ったようです。
それはひたすらにたったひとりで作品完成に没頭し続けたデビュー以前のあの頃の無垢な精神に立ち返る事。
その純粋な精神が目指しているものはスガ シカオの音楽人生の集大成である渾身の次回作であると彼自身もそう言いきっています。


過去、オフィス オーガスタに野狐禅と言う2人組ユニットがいました。
ある日、メンバーの竹原ピストルから突然独立の申し入れがありました。
それは自分たちをもう一度あのアマチュア時代と同じ状況下に戻したい、
リリース・スケジュールやプロモーション・スケジュールに振り回される事無く
2人だけでコンサートをブッキング、楽器車を運転しながら自らをマネージメントし、
再び自分たちの音楽を見つけて行く、そんな理由からでした。
彼らは周囲の心配や引き止めをよそに、まさに「見る前に跳べ」を実行しました。
ずっと、僕は彼らのそれほどまでにリスクを背負ったスタンスが理解出来ないままでした。
今回、スガ シカオの話を受けて僕は野狐禅の事も少し理解出来たように思います。
結局、野狐禅は解散しましたがメンバーの竹原ピストルは今でもその姿勢を崩す事無く、
たったひとり何者にもおもねることなく自由に歌の旅を貫いています。


元来,アーティストというものは己との戦いなのかもしれません。
現在に留まらず先へ先へ行くのがアーティストの宿命なのかもしれません。
デビュー当初からスガ シカオは歌っています。
「ぼくのチカラで壊していいかな」と。
これはきっと自らを打破するために歌っているのでしょう。


僕とスガ シカオの出会いはたった1本のカセット・テープからでした。
あの時のショックは今でも鮮明に覚えています。
あれ以上の衝撃、感動、それを期待出来るなら彼が望むように
もう一度スガ シカオを「個」に戻す事を了解するより無い、
出会いに意味があるなら 別れにも意味がある、
僕は彼の次回作に思いを馳せ、そのように納得した次第です。


さて、僕達、プロダクション、メーカーも うかうかしていられません。
ミュージックシーンの新たなシステムや環境を構築する時代がそこまでやって来ているのかもしれない。
アーティストにもさまざまなタイプがあります。
これからもプロダクションやメーカーと連携を取りシーンに臨んで行くもの。
まったくの個から自分をスタートさせてゆくもの。
僕らが想像もできない変化球を繰り出して来るもの。


過程はどうであれ、すべてに共通している目的はひとつです。
それは素晴らしい作品を発表する事です。


そのためには「前人未到のハイジャンプ」を試みる事、
それを怖れてはいけないのでしょう。



(株)オフィス オーガスタ  森川欣信

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by june_h | 2011-11-23 12:59 | スガシカオ | Trackback | Comments(0)

自称ガイドの男に連れられて、歩くこと20分ほど。
とある寺院の前に到着しました。
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ここはガンガラーマ寺院というそうで。
コロンボでは、大きくて有名な寺院のようでした。
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自称ガイドの男性は、私達の分の入場料をまとめて払い、
「中に入ったら、私以外の人間と口をきいてはいけない」
と言いました。

・・・・・完璧アヤシイじゃん(^^;

でも、友達は「まだわかんないよ」。
・・・・・いや、わかるってば!わかり過ぎるって(><)
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そうこうしているうちに、友達と男性は、中に入って行きます。
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スゴい寺院だなあ。
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でも、この男性に着いて行かなかったら、この寺院には、入っていなかったわけで。
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これも一つの「縁」なんでしょうか。
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自称ガイドの男性は、私達を、金庫のようなガラスケースの前に案内しました。
中に入っていたのは、たくさんの財宝です。
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その中に、手のひらの大きさくらいのサファイアが!
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こっちにも!!
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ガイドの男性の正体が気になるけど、しっかり堪能してしまいました(^^;
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by june_h | 2011-11-21 20:13 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

浄土宗開祖の法然と、浄土信宗開祖の親鸞。
法然と親鸞のゆかりの品、ということなので、二人の肖像とか彫刻とかが多かったです。
この展覧会で気付いたのですが、法然は「上人」だけど、親鸞は「聖人」なんですね(^^;

感動的だったのは、親鸞直筆のお経。
「阿弥陀経註」には、お経の余白に、親鸞が書き込んだ注釈がビッシリ!彼の勉強熱心さが伝わってきます。
まるで受験生のノートのようです(笑)。

そして、親鸞直筆の「教行信証」の前には、大変な人だかり!
しかも年輩の男性ばかり(^^;

もちろん、阿弥陀仏をはじめとした、仏像もありました。
私は、時代的に言えば、鎌倉時代の仏像が大好きなのですが、盛んに阿弥陀仏が作られたのは、親鸞が亡くなってからなんだそうです。
なぜかと言うと、阿弥陀様には「形」がなく、「光」そのものだと親鸞は考えていたからなんだとか。

展示品から見えてくる、親鸞の家族関係も興味深かったです。
親鸞は、戒律にとらわれず、妻子を持っていたわけですが、息子の善鸞とは、折り合いがよくなかったようで(^^;
奥さんも、娘さんも尼僧だったんですね。

展示の説明も、だんだん丁寧にわかりやすくなっています。
法然にゆかりのものは緑色、親鸞にゆかりのものは青色のマークがあったり、解説の文字が大きくなっていたり。
入場者が多い展覧会は、解説に近づくのも容易ではないので、助かります(^^;;;
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by june_h | 2011-11-20 21:19 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(2)

一夜明けて、いよいよ最終日。
幸い、体調は回復。
朝ご飯もしっかり食べられ、出歩くのには、問題無さそう♪

お皿の左に乗っているクレープ状のものは、ビッタラアーッパ。
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くるっと野菜なんかを包んで、オムレツみたいにして食べるのだ♪
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22時のフライトなので、夕刻まで時間があります。
そこで、コロンボ観光をすることになりました。
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友達とホテルを出て間もなくのこと。
「Are you Japanese?」
一人の現地の男性が、英語で尋ねて来ました。

なんでも、ガイドさんだそうで、コロンボ観光のガイドをしてくれるとのこと。
友達は、自称ガイドの男性と、英語で話しながらどんどん歩いて行きましたが、私は、少し後ろから二人について行きました。

・・・・・絶対アヤシイ。

いきなりナイフを出されて脅されるとか。
知らない建物に連れていかれて、身ぐるみ剥がされるとか。
難癖つけられて大金を要求されるとか・・・・・。

ありとあらゆる危険な妄想が、頭の中をグルグルグルグル駆け回りました。

私は友達に駆け寄って、
「たとえ相手が日本人だって、知らない人には、ついていかないでしょ!」
というと、
「良い人そうだし大丈夫だよ。もし、何かあったら、私、逃げるから平気だってば」
という返事。

逃げられないような所に連れていかれたら、どうすんのよ・・・・・。
まあ、運と人間力は、強い友達だからなあ・・・・・。

と、私は、無理やり自分を納得させつつ、一緒に歩くことになったのです(^^;

※良い子は絶対マネしないでください。
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by june_h | 2011-11-19 20:17 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

タイトルからして確信犯ですね(笑)。
「水曜どうでしょう」のディレクター二人の対談です。

腹を割って話した(未知との遭遇)

藤村忠寿 / イースト・プレス


まるで、「水曜どうでしょう」DVDの副音声みたいなノリで、のんびりと会話が繰り広げられますが、なぜだか醸し出される奥深さはもちろん、今までの企画の裏話満載です。

2007年の「ヨーロッパ完結編」のロケ中、藤やんと大泉さんは、ジャレ合うようなケンカではなく、シャレにならないケンカをしたそうで。
いつもは、ロケから帰ったら、すぐに編集したくなるのに、藤やんは1か月もテープを寝かしておいたのだとか・・・・・。

2人が勤めているHTBは、北海道のテレビ局なので、
「地方のテレビ局ができること」
を常に2人は、考えています。

東京と同じ発想で同じことをしても、ヒトとカネが圧倒的に違うので、絶対勝てない。だからといって、北海道ネタだけでも、すぐにネタ切れになる。だから、発想の転換が必要だったのだと。

読んでいて、改めて思いますが、2人の、というか、どうでしょう班4人の共通認識として「面白い」「気持ち良い」ことを重視しているのがよくわかります。
それを2人は「温泉」と呼んでいますが、「温泉」を守るために、陰でいろいろと努力しているのです(この対談が行われたのも温泉宿のようですが)。

視聴者からの要望をあまり受け入れるわけではないし(ホームページで「できねぇ」と藤やんは、よく言っています)。
上層部からの「毎週やれ」という指示にも従わず。
どんなにツラいロケでも、必ず温泉に入り・・・・・。

「気持ち良さ」を知っていないと、気持ち良い番組は、作れないですものね。
視聴者も、強硬スケジュールに「ヤラレている」大鈴2人に大笑いしながらも、ズルしてでも温泉でラクしようとする場面があるから、安心して観ていられるのだと思います(^^;

私は、仕事で身体を壊して、療養中に「水曜どうでしょう」を見て復活したわけですが、どうして、この番組を見て元気になったのか、よくわかった気がします。

藤やんは、最初、東京のテレビ局で、激務に苦しみながら仕事をしていて。
「ホントにここまでやらきゃ、言われたことを全部受け入れなきゃ「良いモノ」にならないのか」
ということを、常に考えて来たそうです。
もちろん、頑張る時は必要だけど、「温泉」だって必要なんだと。
だから、「温泉」を守るために、時には断ることも必要なんだって、気付いたんだそうです。

私は、体を壊した時「~しなきゃ!」「頑張らなきゃ!」だらけの思考状態で、がんじがらめだったのです。

頑張らないと生きていけない、生きてちゃいけないと思っていて、頑張った結果、壊れたのに、これ以上どう頑張ればいいのか、どうやって生きていけばいいのか、わからなくなっていました(^^;
だから「水曜どうでしょう」を見た時、番組から醸し出される雰囲気から、私には、藤やんの言葉が無意識に聞こえていたのです。

「ホントにそうなの?」

という言葉が。
これは、藤やんが、日頃から仕事に対して問いかけていた声でもあったのですね。
だから、私は、発想を転換して、ダラダラ生きることができたのだと思います(^^;

藤やんは、後書きで、
「生きることは、人と話すこと」
だと言います。
人と話をしないで、なぜ生きていると言えるのか?
ほんとにその通りだと思います。

藤やんのことばかり書いてしまいましたが、嬉野先生(うれしー)も大好きです♪
「水曜どうでしょう」の公式サイトの「日記」で、時々深いことをつぶやかれ、私もそれで大泣きしたりしています(笑)。

二人が言うように、
「ほかのスタッフが入ってしまったら、「水曜どうでしょう」ではなくなる」
というのは同感です。
これからも、細く長く、「温泉」を大事にしながら続けていってほしいと思います。
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by june_h | 2011-11-18 18:32 | 水曜どうでしょう 大泉洋 NACS | Trackback | Comments(2)