<   2012年 04月 ( 18 )   > この月の画像一覧

ランチを終えて、最初に向かったのは、紫雲山頂法寺寺。
d0108969_13242127.jpg

別名「六角堂」。聖徳太子が作ったらしい。
d0108969_13294222.jpg

生け花の池坊とゆかりが深い寺で、隣には、池坊の本部ビルがあります。
d0108969_13265284.jpg

柳の緑が美しい!
d0108969_13244469.jpg

隣のビルには、スターバックスがあるのですが、ガラス張りになっていて、六角堂の景色が楽しめます♪
こんなふうに、美しい景色をちゃっかり「借景」するお店が、京都にあちこちあるんですって!
d0108969_13253095.jpg

同じチェーン店でも、京都にあると、雰囲気もグレードもアップする感じですね!
[PR]
by june_h | 2012-04-30 13:31 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

大航海時代、スペイン人によってアメリカ大陸からヨーロッパにもたらされたジャガイモ。
同じくもたらされた莫大な金銀は、スペインにインフレを招いただけでしたが、ジャガイモは、その後、欧米で欠かせない食材の一つとして根付いていくのです。
しかし、広まるには、多くの時間がかかりました。

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

伊藤 章治 / 中央公論新社


痩せた土地でも育ちやすく、栄養価の高いジャガイモを、支配階層の人々は絶賛しましたが、農民達は大反対!

種子ではなく「増殖」で増える植物で、見た目もボコボコしていて「気味が悪い」。
農民達は「聖書に無い食べ物だから食べられない」「食べると病気になる」「悪魔の食べ物だ」と、徹底的に拒否。
ついには、ジャガイモを植えさせようとする領主に対して一揆を起こすまでに。
ロシアでは、ピョートル大帝が「ジャガイモを食べなければ打ち首にする」と脅しても食べようとしない農民の前で、自らジャガイモを食べることで、ようやく認めさせたんだとか(^o^;

しかし、ジャガイモを広めたのは、こうした「脅し」ではなく、戦争や飢饉による飢餓でした。
他の植物が育たない状況でも、ジャガイモは容易に育つことから、貴重な栄養源となり、多くの人々を救うことになるのです。

ただ、ジャガイモは、病気に弱いのが欠点でした。
アイルランドでは、19世紀に、主食のジャガイモが病害によって壊滅的な打撃を受け、多くの人々がアメリカに移住せざるを得なくなるのです。
そして、この時の移民から、ケネディ家が誕生します。

日本でも、飢饉の時はもちろん、戦争中の食糧不足時や、北海道の開拓地に多くのジャガイモが植えられました。

こういう歴史を知ると、ポテトチップスにも感謝したくなります!
[PR]
by june_h | 2012-04-29 12:14 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

友達とは、大丸の前のバス停で待ち合わせ。
バスを降りて、1か月ぶりの再会!
ランチのお店に案内してもらいました♪

大丸のそばにある「ゆばんざい こ豆や」。
湯葉料理のお店です!
友達が、予約しておいてくれました(^^)
d0108969_11542528.jpg

こちらでいただいた湯葉定食です。
d0108969_11544678.jpg

私はあんかけ湯葉丼、妹は汲み上げ湯葉丼をチョイス。
d0108969_1155216.jpg

丼はもちろん、刺身湯葉も、抹茶豆乳プリンも、ぜーんぶハズレなし!
d0108969_11551594.jpg

後で調べたところによると、大徳寺の近くにも支店があって、そちらは町家を改造した店舗らしいです♪
[PR]
by june_h | 2012-04-27 11:57 | 旅行記 | Trackback | Comments(1)

日本人で初めてアムチ(チベット医)になった小川さんのエッセイです。

僕は日本でたったひとりのチベット医になった ヒマラヤの薬草が教えてくれたこと

小川 康 / 径書房


東北大学薬学部を卒業した後、職を転々としていた小川さん。ある日、『チベット医学入門』という本に出会い、アムチになることを決意。亡命チベット人が作った南インドのメンツィカン(チベット医学暦法学研究所)を目指します。

チベット語やチベット仏教を猛勉強して、メンツィカンの入試を(外国人枠で)突破しましたが、本当の苦労はこれから。
チベット医学の勉強は、『四部医典』と呼ばれる医学書を暗記します。卒業試験では、数時間かけて8万字を暗唱します。
また、ヒマラヤの山中で薬草採集の実習中に、遭難しかけたことも。
命懸けです(^^;

興味深かったのは、チベット医学で使う薬。
生薬などを使うのは、漢方やアーユルヴェーダと同じですが、薬を作る時は、お経を唱えて祈りながら作るんですねぇ。
特に「月晶丸」と呼ばれる薬は、満月の光に当てて作るそうな。
効き目がありそうですね(^^)

小川さんは、メンツィカンで、チベット医学の他に「謙虚さ」を学んだのだと思います。

小川さんは、ただ一人の外国人だったため、力を示さなければと肩に力が入り過ぎて、次第に学校で孤立。
チベット医学を学ぶことに対しても疑問が湧いてきて、休学して、日本に戻って来てしまいます。
しかし、級友から手紙が来て、自分の傲慢さに気付き、再びメンツィカンで学ぶことを決意するのです。
もうチベット人と闘って勝たなくてもいいんだ。自分を認めてもらうために勝たなければならないなんて思わなくもいいんだ。医療の実践がなくてもいい。なにもないなかで、なにができるかを考えればいい。なにもない、それこそがチベット医学の魅力ではないか。求めてはいけない。期待してもいけない。神秘的なアムチにならなくてもいい。チベット医学と格闘し自分自身が変わっていくことで、遠く離れた日本にさざなみのように微かな影響をおよぼすことができるかもしれないではないか。

彼は、その後、最年長でメンツィカンを卒業。無事にアムチとなります。

亡命チベット人がインドに持ち込んだチベット医学は、徐々にインド全土に広がっています。
既に、アーユルヴェーダやホメオパシーが盛んなインドで広まったのは、アムチ達が臨床現場で多くの人を治して効能を示し、インド政府に認められたことによるのです。

チベット医学は、単に人を治療するための技術ではなく、チベット人の文化であり、アイデンティティであることがよくわかります。
[PR]
by june_h | 2012-04-26 13:00 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

土曜日の朝、5時起きで準備。
名古屋の妹と、新幹線の中で待ち合わせ。

10時に京都着。
曇っているけど、雨が降っていなくて良かったです!

京都には、中学の修学旅行から始まって、わりと何度も行っていますが、東寺は初体験。
京都駅にあまりにも近いせいか、新幹線から五重塔が見えるせいか(笑)、今まで行こうという気にならなかったのです。

行く気になったのは、京都の友達から
「毎月21日は、「弘法さん」の縁日だから、屋台がたくさん出ていて面白いですよ!」
と聞いたから。
やっぱり、地元の人に聞かないと、細かいことはわからないですね!

バスで向かった東寺は、大変な賑わい。
d0108969_1249355.jpg

屋台が境内にビッシリ!
なかなか前に進めません(^^;
d0108969_12493410.jpg

外国人向けの土産物や、京都の特産品などなど。
とにかく、いろいろな店があって、見ていて飽きません!
友達曰く
「縁日は、いつから続いているのかわからない」
くらい古いんだそうです(^^;

せっかくなので、みたらしだんごをゲット(1個食べちゃった後ですが)
この団子屋さんには、なんと、次の日、別の場所で遭遇することになるのです(^^;
d0108969_1250087.jpg

屋台と人の波を逃れて、拝観料を払って、五重塔へ。
d0108969_12514284.jpg

やっと静かに、風景を楽しめます。
d0108969_12524678.jpg

ソメイヨシノには間に合いませんでしたが、八重桜やしだれ桜には、お会いできました♪
d0108969_12521250.jpg

気付けば、2時間近くいてしまいました(^^;
大変!友達との約束に間に合わない!
急いでバスに乗りました。
[PR]
by june_h | 2012-04-25 12:54 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

先週末、用事がありまして、妹と二人で京都と奈良に行って来ました!
まあ、半分は、「無事、学校を卒業した自分へのご褒美旅行」だったんですが(^^;

週末の西日本の天気予報は、あいにくの雨。しかも嵐の予報で(笑)。
直前まで以降かどうしようか、天気予報を見ながら悩み・・・・しかし、京都は、なんとかお天気!そして、奈良も雨でしたが、なんとか行きたい所を回ることができました!

京都では、学校の卒業式で知り合った、同期の方にあちこち案内していただきました♪
急きょ決まった旅行でしたが、妹と二人でリフレッシュ(^^)
ゆっくり語っていきまーす!
d0108969_129292.jpg

[PR]
by june_h | 2012-04-24 12:09 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

尿管結石で救急車に担ぎこまれた次の日。
卒業式の演劇練習のため、友達の家へ。
無理しないで、行ける時間に行くことにした。

友達の家の「稽古場」に着くと、既に大変な熱気!
皆、かなり熱心に稽古していた(^^;
私の脚本を基に進んでいるが、私の知らないキャラが増えている(笑)。
イメージが膨らんでいるようで素直に嬉しい!

演出は、ダンサーの友達。
脚本で、面白い部分は広げて、要らない部分は、ばっさりカット。
さすがプロ。的確!

高校時代、合唱部で、寸劇を作って遊んでいたことを思い出す。
私は元々、小説家とか脚本家とかになりたかったので、曲がりなりにもプロのパフォーマーに演出してもらえて嬉しい(*^_^*)

この日は、ちょうど3月11日。
午後の練習前、2時46分に黙祷。

その後も練習は盛り上がり、本番の成功に期待して帰宅する。

しかし、次の日、血尿が(T_T)
まだ結石が排出されたわけではないのだ。
やっぱり、無理すると症状に出て来るらしい(^^;


(つづく)
[PR]
by june_h | 2012-04-23 19:37 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

アカデミー賞を取らなくても、観に行っていたと思います。
とにかく良かったです!

一つ一つのシーンがとにかく愛しい!
基本的に音や声を使わずに、ストーリーや感情をいかに効果的に表現するのかにこだわった映画です。

特に印象的だったのは、主人公のジョージが見た不思議な夢のシーン。
世の中が無声映画からトーキー映画に変遷していく中、ジョージは無声映画にこだわり続けます。
夢の中で、周囲の物音も、人の声も、全部聞こえるのに、自分の声だけは聞こえない・・・・・。
彼の不安さが、よく伝わってきます。

一番好きなのは、映画の撮影で、NGテイクが重なるにつれ、ジョージのペピーへの想いが深まっていくシーンです。
このシーンは、後々、ジョージが自殺しようとした時に、抱き抱えていたフィルムに入っていたんですよね。
ペピーがそのフィルムを見て、ジョージの想いに気づくのです。
泣きました(T_T)

そして、ペピーもずっと、ジョージを陰で支えていたんですよね。
ジョージが生活に困ってオークションに出した品物を、全部買い取っていたんです。

ジョージは、落ちぶれても、ペピーを始めとして、執事や、犬のジャックに支えられていました。
特に、ジャックの演技は、人間が入っているんじゃね!?と思うくらいにハマッた演技。アメリカのアニメによく出てくる、人間みたいに表情豊かな動物がそのまま出て来たかのようでした。ジャックに拍手!

言葉でも字幕でも「LOVE」と一度も出て来なかったけど、「LOVE」が十分伝わって来る作品でした♪
[PR]
by june_h | 2012-04-20 13:01 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

内田樹先生の映画評論?集「うほほいシネクラブ」を読んでいて、黒澤明監督の映画「わが青春に悔いなし」が出て来ました。

私にとって、思い出深い映画です。

わが青春に悔なし<普及版> [DVD]

東宝


私は、この映画を自分の意志で見たわけではありません。

それは、大学の映画論での授業でした。
全部英語の授業で、講師は、恐らく日本人とアメリカ人のハーフのアメリカ人女性。
憧れの先生でした。
浅黒い肌に、流行りの服ではなく自分によく似合う服を着て。長い黒髪をなびかせながら颯爽と教壇に立ち、スッとサングラスを外す姿に、毎回私は「カッコいい~」と心の中で叫んでいました(笑)。

本業は、恐らく映画関係のお仕事で、授業でもいろいろな映画を見せてくださったのです。
最後の授業で取り上げられたのが、この映画でした。

確か、社会主義運動に絡んだ話だったと思うのですが、それより何より、「負けるもんか、負けるもんか」と呟きながら、鍬をふるって畑を耕す原節子が、強く心に残っています。
原節子の姿が、まるで泥の中にすっくと立つ蓮の花のように見えたのは、天性の美貌と、モノクロの画面に際立つ、抜けるような白い肌だったからだけではありません。
誹謗中傷に負けず、毎日畑を耕し、おのれの生き方を貫き通した存在感が眩しかったのです。

見終わった後、先生がこの映画を解説しました。
解説は、よく覚えていませんが、たった一言、次の言葉だけは覚えています。

「私はハーフじゃない。ダブルなの」

私は、その一言を聞いて思いました。
きっと、ハーフだということで、小さい時からいっぱい差別されて来たのだろう。
自分の境遇を、この映画の原節子に重ねて見たのだろう。
そして、歯を食いしばって涙を拭いて、自分らしくカッコ良い女性になったのだろう・・・・・。

浅黒い肌の先生もまた、美しい人でした。
[PR]
by june_h | 2012-04-18 12:27 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

ホリエモンについては、言うまでもないけど、ツイッターの発言を見ている限り、茂木さんもかなりアグレッシブな人。
そんな2人の対談が、東日本大震災以降、ホリエモンの収監前に行われたらしい。

嫌われ者の流儀

堀江 貴文 / 小学館


ホリエモンは「金儲け」が第一の人じゃない。私は、そう思います。
なぜなら、金儲けが目的なら、彼の頭脳を持ってすれば、もっとラクにたくさん儲けられたはず。
政治家に献金して便宜を図ってもらったり。
他の企業と利害関係をガチガチに作ったり。
「エラい」人の前では、スーツを着てオベッカを使ったり(笑)。

そういう「非合理的」なことは、頑ななまでに一切しようとしないのです。
彼は、「経営者」というより、「合理主義のイデオロギスト」のように思います。

彼が、幼少時から一貫してやってきたことは
「日本の常識に対する挑戦」
なんですよね。
学校の集団行動に対する反発から始まって、メディア報道とか、既得権益者に都合の良い法律とか、そういうものに対して、一貫して「おかしい!」と、ハッキリ言い続けてきた人。だから嫌われちゃう。
「そこまで言わなくてイイのに」って、私なんかは思ってしまうけど、言うのがホリエモンのアイデンティティーであり、優しさであり、不器用さでもあり。
もちろん、日本人への警告でもあります。このままだと、日本はダメになるという危機感からの行動で、言い続けることが「メリット」であると考えてのこと。

彼の発言を追って行くと、日本のシステムや法律の「穴」が本当によくわかります。ヘタな参考書を何冊も読むより、クリアでコンパクトに理解できるのです。
茂木さんは、
「堀江さんがアメリカ人だったら、もっとうまく行っていただろうに」
と言いましたが、私は、そうは思いません。
やっぱり、「アメリカの常識」と戦っちゃうんだろうと思います(笑)。
[PR]
by june_h | 2012-04-16 12:43 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)