彼女のイタリア語ネタと下ネタにすっかりハマッています(^^;

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)

田丸 公美子 / 文藝春秋


イタリア人相手の通訳なので、ファッション関係か建築関係の人が多いようです。何人か、有名なデザイナーの人となりも紹介されていますが、皆さん個性的。
そして、もちろん、俳優も。

映画『イル・ポスティーノ』の主演男優マッシモ・トロイージは、亡くなっていたんですね。知りませんでした・・・・・。
素晴らしい映画で、2回も観に行ったことを覚えています。
映画では、ただの田舎臭い男にしか見えませんでしたが、本来の姿は、とても洗練された男性だったんだそう。

下ネタ大好きな田丸さんですが、根はマジメな方なんですよね!
米原万里さんが後書きで、田丸さんは、高校を首席で卒業し、旦那さんヒトスジの才媛なんだってバラしていましたから(^^)

政治とベッドの話は、デリケートな問題なので、なかなかできないですが、この2人は、喋りまくりですね(^^;

田丸さんが小さい時に通訳になることを志し、実際に通訳になるまでのことが書かれていましたが、旦那さんのことは、ほとんど書かれておらず。残念!
本・読書
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by june_h | 2012-09-27 12:31 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

お笑いコンビ 笑い飯の哲夫による般若心経の解説本。
この本を読んで、どうして笑い飯のネタがシュールなのか、よくわかった気がします(^^;

えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経 (ヨシモトブックス)

笑い飯 哲夫 / ワニブックス


哲夫さんは、関西学院大学哲学科で、西洋哲学専攻だったそうですが、イマイチ腑に落ちず。
しかし、般若心経を読んで、初めて納得したらしい。それからは、独学で般若心経を研究し、写経を趣味にしているそうな。
確か、東京大学の学園祭でも、仏教の講義をしたことがあるんだよね。
哲夫さんの好きな言葉は「涅槃」「刹那」・・・・・芸能人から「涅槃」という言葉を聞いたのは、沖雅也の「涅槃で待つ」の遺書以来だわ(←古っ!)。

彼の説明で特徴的なのは、まず、何文字かに分けて、文法的に、どのような構造になっているか説明し、その後、それぞれの言葉の意味を説明しているところ。
英文や漢文の参考書みたい。
よく考えたら、お経って、昔の中国語だもんね(^^;

あと、例えが面白いところ。
「五蘊」を「公園で拾ってしまった乾燥ウンコ」で説明したり(^^;
「般若波羅蜜多」のように、サンスクリット語の音訳部分は、ヤンキーの使う「夜露死苦」と同じ要領なんだとか(^^;

般若心経は、『西遊記』でお馴染みの三蔵法師が書いたお経。
観音様が仰った、という形式で書いてあるそうです。
最後の行
「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」
は、観音様から私達への応援歌であり祝福でもあるんですね!
ここんとこ、いろいろ大変だったので、泣けました(T_T)

なんで自分の存在にこだわるんや、自分の考えも体もひとりだけの所有物やと思わんと、自分も他人も草木もゴミも、全体が液状にドロドロしてて、ただ偶然、ドロドロしてる中のここからここまでの部分が自分となって現れてるだけやねんで、そしたら全部は繋がってて、自分だけの所有物なんか何もなく、すべてはみんなの所有物になる、そしたら他人に与えることも、何ら嫌なことではない、それで「慈悲」の心が生まれるんやで

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by june_h | 2012-09-25 12:29 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(2)

「誰かのためにつくウソ」

今まで私が見てきた、西川美和監督作品、『ディア・ドクター』『夢売るふたり』『ゆれる』の3つの共通しているポイントです。

ゆれる [DVD]

バンダイビジュアル


でも、結局は、みんな自分のためにウソをついているんです。
そして、「私は人のためにウソをついている」と自分に言い聞かせて、自分に対してもウソをついている。
映画を見ていくと、だんだんこうした欺瞞があぶり出されてきます。

『ディア・ドクター』では、偽医者だということは、関係者は皆、わかっていたんです。
「理想の医療のために」皆、黙っていました。
でも、本当は、製薬会社のMRは薬をたくさん売りたいからだし、看護師は離婚した医師の夫と築くはずだった理想の医療をやり直したかったから、知らないフリをした。

『夢売るふたり』でも、妻は「夫の夢のため」に結婚詐欺を働きますが、本当は、自分の依存心からでした。
騙された女性達も「愛する男性のために」お金を工面するけど、結婚してもらって、心身共に安心したかったから。

『ゆれる』では、殺人容疑者になってしまった兄を「救うため」に、弟は奔走するのですが、兄は弟にこう言いうのです。
「おまえは、俺を助けたいんじゃない。自分が殺人犯の弟になりたくないだけだ」
これを聞いた弟は、どう思って、どう行動するのか。
ここからラストシーンの、兄弟が対峙するまでが見せ場です。

この映画で、兄役だった香川照之は、『キネマ旬報』の対談で西川美和監督を絶賛!
「こういう兄弟の会話、絶対あるよ!」
「脚本の書き方教えてよ!」
と監督相手に熱くなっていたのが印象的でした(^^;
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by june_h | 2012-09-21 12:17 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

8月が過ぎるのを、ずっと待っていたのです。

夏休みの自由研究で子供ウジャウジャ!は避けたかったので(^^;
朝イチだったので、ゆっくり見られました。

元素は、「水兵リーベ僕の船」くらいまでしか勉強していなかったので、楽しみにしていました♪

防水スプレーはフッ素。
白熱電球はタングステン。
LEDは窒素ガリウム。

赤ちゃんの粉ミルクには銅が入っていたり。
ベニテングタケにはバナジウムが入っていたり。
骨癌検査にテクネチウムが使われていたり・・・・・。

一つ一つの元素について、原石と、その元素が使われている製品が展示されていました。
でも、気になったのは、「昔は毒殺に使われました」とか「人体には有害です」とかのネガティブ情報は、ほとんどナシ(っていうか、かなりボカして書いてある)。
大丈夫なのでしょうか(^^;

プルトニウムなど、放射性元素の原石は、さすがに展示されていませんでした。放射線を出しますからね。
ちなみに、ロンドンの科学博物館では、こうした放射性元素は、工夫して展示されていました。
厚い壁の内側に原石があり、天井に貼ってある鏡に映った原石を、来場者が見ることができるようになっている仕組みです。

最も興味深かったのは、「電子雲(でんしうん)」の立体模型。
一般的に知られている原子って、陽子と中性子の周りを電子がグルグル回っているイメージですが、最近の量子力学?の研究だと、電子の存在範囲って、ある程度決まっているらしいんですね。
で、その形が「電子雲」。なんとも神秘的。
細胞分裂の時に現れる形にも見え、チャクラの花びらのマークにも見え・・・・・。
重たい原子ほど複雑な形をしていてキレイでした♪

最後に、好きな元素に投票するコーナーがありまして。
1位は、ダントツで「金(Au)」!

あと、元素のアルファベット順&カタカナ順索引をもらいました。
超便利!こういうの欲しかったんです(^^)
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by june_h | 2012-09-19 12:10 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(6)

イラン人で、吉本興業に所属するお笑い芸人エマンさんによるエッセイ。
とにかく、タイトル通り、イラン人が面白過ぎて一気に読みました!

イラン人は面白すぎる! (光文社新書)

エマミ・シュン・サラミ / 光文社


お祈りをし過ぎて、椎間板ヘルニアになってしまったお坊さん。
バンドを結成して、旦那の悪口をシャウトしまくる、同じ男性の4人の奥さん達(イスラム教徒の男性は、4人まで奥さんを持てる)。
学校にフタコブラクダに乗って「登校」して、大騒ぎになった王族の息子。
漢字ブーム中に、「合格」という意味だと思って「牛角」Tシャツを着ていた受験生・・・・・。

イスラム教徒は、戒律が厳しいのですが、ラマダン(断食)中は、顔を洗うフリして、こっそり水を飲む人が増えるとか、戒律をかいくぐろうとする努力?がスゴい(^^;
こういう「合法的な」戒律破りに血道を上げる「努力」を見ると、「信心は戒律や形ではない」ことを示した親鸞さんの教えが納得できます(^^;;;

イランと言えば、核開発とかテロリストとか、不穏な言葉が浮かびますが、とんでもないと言います。
イランは、アルカイダに「地図からイランを消してやる」と脅されていますし、イスラム教の中では、少数派に属するシーア派が多いので、他のアラブ諸国からも孤立しがち。

ホメイニの革命のイメージがあって、シーア派の方が戒律が厳しいと勝手に思っていたんですけど、スンニ派の方が厳しいんですね。
1日のお祈りは、スンニ派は5回でシーア派は3回。
シーア派は、ラマダンと正月が重なった場合、食べても良いことになっているそうです。
シーア派とスンニ派の対立は、あくまで国際政治上での話。
一般人同士は
「シーア派でもスンニ派でも、どっちだってイイじゃん」
と、仲良しなんだそうです。

この本を読んで思い出したのは、アラビア語を勉強した時、最初の授業で、こう聞かれたこと。
「アラビア語を話している国を挙げてください」
大抵間違えるのは、パキスタンとイランを含めてしまうこと。
パキスタンはウルドゥ語で、イランはペルシャ語だからです。
イランは、ペルシャ帝国の末裔であることを誇りにしていて、他のアラブ諸国を見下す傾向があるそうな。
だから、余計に、孤立しやすいのです。

巻末には、イランの厳しい状況が、とても分かりやすく書かれていましたけど、読んでいると、イランは、アメリカと他のアラブ諸国にハメられつつあるということがよくわかります・・・・・。
著者は、吉本芸人なので、
「核持ってるからイランは脅威だって言うけど、アメリカの方がいっぱい持っとるやん!」
と、突っ込んでいます。

こういう危ないネタばかりだから、テレビに出られないんだと、本人はボヤいていますけど(^^;
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by june_h | 2012-09-17 12:56 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

先日の「徹子の部屋」のゲストが原作者の池田理代子先生で、この展覧会のことをおっしゃっていたので、足を運びました。

まずは、漫画の原画。
きっと、マニアは、それぞれどのページなのかわかりますよね。
オスカルをはじめとして、マリー・アントワネットやフェルゼン、アンドレ、ロザリー、ジャンヌ、デュ・バリー夫人、みんな懐かしい!
こうして初回に近い方から順番に眺めていくと、絵の変化がよくわかります。

そして、アニメ版のセル画。
私は、アニメからこの作品を知りました。
アニメ版のマリー・アントワネットと声優の上田みゆきさんがかわいくて大好きで。
会場に流れている「バラはバラは、気高く咲ぁいーてー」に合わせて、思わず歌ってしまいそうになります(^^;
エンディング曲の最後に出てくる原画も展示されていて感動です!

そして、「ベルばら」と言えば宝塚。
宝塚のきらびやかな舞台が再現され、オスカルやマリーアントワネットの豪奢な衣装が間近で楽しめます。
傍らの壁には、初演からすべての「ベルばら」のポスターが勢揃い!
ファンの方なら、ご贔屓のトップスターさんの舞台など思い出されて、楽しまれるでしょう。

私が一番楽しんだのは、他の漫画家さん達がお描きになったオスカルの色紙です。
とにかく、参加されている漫画家さんの多いこと!
私の大好きな『笑うミカエル』の川原泉先生を始め、『桜蘭高校ホスト部』の葉鳥ビスコ、『少女革命ウテナ』の さいとうちほ、『大奥』の よしながふみ などなど。
変わり種は、歌舞伎役者の中村福助さんによる、オスカルのコスプレ写真(^^;
「ベルばら」が今日に至るまで、多くのアーティストに愛されてきたことがわかります。

ご興味のある方は、お買い物や宝塚歓迎のついでにぜひ!
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by june_h | 2012-09-14 19:46 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(0)

西川美和監督作品ということで楽しみにしていましたが、期待を裏切らない映画。
今回も唸らされました。うー!

里子が、札束に火を点けて、貫也が入っている風呂の中に投げ入れて「釜茹での刑」にしているとき、ふと思いました。
似た話、確か落語にあったな・・・・・「蹴転(けころ)」だっけ。
金に困った男が、元遊女の妻に客引きさせるけど、結局、嫉妬しちゃってうまくいかないって話。この映画は、男女が逆だけど。

でも、もう少し見ていくと、完全に、三遊亭圓朝の世界。
恐妻が、頼りない旦那をけしかけて、エグいことをさせるという・・・・・。
圓朝物では、奥さんは、ただ「怖くて強くて残酷な」だけのキャラですが、西川監督は、女性目線で、妻 里子の人物像と内面を鋭く描いています。
この映画を見ていると、里子の独り言が、ずっと聞こえているようでした。

一見、貫也がダメダメで、里子がしっかり者のように見えるんですけど、結局は、貫也に依存しているんですよね。

「私には、人を惹き付ける力がなかった。だから、彼の人生に乗っかっただけだった」
「人生、自分の足で立たないと、卑怯なことになっちゃうわよ」

それで、里子は、自分のように、依存せずにはいられない女性達を、貫也を使ってハメていく。

貫也が女性と一緒にいる間、里子は、一人エッチして、手を拭いたティッシュで鼻をかんでる。なんたる孤独と寂しさ・・・・・。

重量挙げの巨漢の女性と寝る貫也に、「気の毒ね」と言う里子。
しかし、貫也は、言った。
「お前の目に映っている世界の方が、よっぽど気の毒だ」

横浜のクイーンズスクエア(みなとみらい駅)にある長い長いエスカレーターを、一人で降りていく里子。
惨めな気持ちで、どんどん落ちていっているのが、よくわかりましたが、このカットにゾッとしました。
私も正しく、暗い気持ちで、あのエスカレーターを降りていったことがありましたから・・・・・。

机で寝てしまった里子を担いで、寝床に寝かせる貫也。
このカットも、里子が貫也ナシには、一人で歩けないことを暗示しています。

最初は、店の開業資金のために結婚詐欺を始めたはずなのに、だんだん、何のために始めたかわからなくなってくる。

降りしきる雨の中、転んでしまい、差し出された子供の手を取る。
ああ、私は、こんな小さな子供の手にさえすがらなければ起き上がれないほど、惨めな存在なのだ・・・・・と。

そして、里子と同じように、男に依存せずにはいられなかった玲子が、自立して街中を歩いている姿を見て、眩しく思うのです。

「転機」は、やって来た。
貫也が、殺人未遂で逮捕され、服役する。
実際は、彼がやったことではないが、彼が使っていた包丁によって、犯人として追い込まれる。
これも、圓朝物によく出てくる「刃物のカルマ」ってやつ。

ラストシーンは、一人黙々とフォークリフトを操る里子の姿。
一見、惨めに見えるけど、ようやく里子は、これで「独り立ち」できたのかもしれません。

とにかく、一つ一つのカットに無駄が無い上に、セリフよりも雄弁です。

阿部サダヲも松たか子も頑張りました。

阿部サダヲのベッドシーンがいっぱい出てきましたが(笑)、妻とは一つもなかったですね(^^;
松たか子は、短いラストシーンのために、フォークリフトの免許を取ったんですよね。

松たか子が、里子役をやっているのも、とても納得。
今まで、松たか子は、太宰治の妻とか、金子みすゞとか「ダメ夫に仕える賢妻」役が多かったと思うんですが、今回の里子では、こうした「賢妻」の陰がよく描かれているように思います。

とにかく、いろいろ胸に突き刺さる映画でした。
男性が見たら、全然違った感想になるのではないでしょうか。
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by june_h | 2012-09-13 12:30 | 映画 感想 | Trackback | Comments(2)

内田先生と、宗教学者の中沢新一先生との対談。

日本の文脈

内田 樹 / 角川書店(角川グループパブリッシング)


二人は、同じ時期に東大で学んでいたけど、今まで会ったことはなかったそうな。
当時の学生達が、欧米一辺倒だった中で、中沢先生は、チベットに走り、内田先生は、ユダヤ人の中でも東洋的な思想を持ったレヴィナスに傾倒。

その後、中沢先生は、若くして有名に。
ちょうどその頃、内田先生は、離婚直後。娘のオムツを替えながら、中沢先生を見上げて焦りを感じていたらしい。

一方、中沢先生は、内田先生の『寝ながら学べる構造主義』を読んで、自分と同じ考えの人がいた!と、ずっと気になっていたそうな。

こうして、時を経てようやく出会えた二人が発した言葉は、
「お互い、おばちゃんみたいな男だよねー♪」

・・・・・不思議だ(^^;
内田先生が引き寄せる人は、ずいぶん前から先生とお友達だったかのよう。
学生時代は、明らかにメインストリームではなかった二人が、気付けば今では、世間で注目される存在に。
きっと、お二人共、地位や名誉を求めたのではなく、自分の心の声に従って、純粋に興味あることを突き詰めていったからですね(^^)

二人の老師曰く、長い歴史から考えれば、西洋(アメリカ)べったりで、なんでも効率主義で考えている、ここ数十年の方が異常なのだと。

二人の言葉で気づいたけど、日本が「中央集権的な統一国家」になって、まだ150年しか経っていないのだ。
それまで、千数百年間、一応は「天皇」や「将軍」の名の下に、天下は統一されていたけど、地方は各々の領主の支配が強かった連邦制だったのだわ。

小さな山形県に、空港が二つあるのは、旧米沢藩領と旧庄内藩領が、それぞれ空港を持ちたがったからだし。
原発がある地域は、戊辰戦争で敗れて以来、経済的に割を食っていた「賊軍」側に多いし。
明治時代と戦後、日本はガラリと変わったように見えるけど、地域性は、早々変わるものではないのですね。

「日本が一つ」ってのは、錯覚だったんですね(^^;
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by june_h | 2012-09-11 12:22 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

私のソウルメイト

私がよく見るブログで、つい先日、孤独について書かれていた。

「私のことを誰もわかってくれない」

こう思う人は多いみたいだし、実際、私も昔、こう思っていて、ため息をついていたこともある。
でも、こういう人に、私は訊きたい。

「じゃあ、自分は、他の誰かのことを、ちゃんとわかってる?」

私は、自分にこの質問を問うた時、「Yes」と答えられなかった。
そして、自分じゃない他人を理解するのは、容易なことではないことがわかった。
ということは、他人が私を理解するのも大変だし、全部わかってもらうことは、ありえないんだ・・・・・っていうか、私も自分がよくわからないし(^^;
だから、

「自分のことをわかってくれない方が普通だ」

と思う方がラクだった(笑)。
今は、あんまり、自分をわかって欲しいとか、思わなくなった。

あと、もう一つ訊きたい。

「相手が「わかってくれた」と感じるのは、どんな時?」

「貴方は、傷つきやすくて孤独な人ですね」ってクイズみたいに答えてくれた時?優しくしてくれた時?慰めてくれた時?愛してくれた時?

じゃあ、自分も同じように、誰かに優しくしている?慰めている?愛している?
もしかして、誰も愛してくれないから、誰も愛さない?

「わかってくれるなら、わかってあげる」は、たぶん、順序が逆。
だって、わかってくれないからって、他人と距離を置いたり、バシッと線を引いたりしている人には、近寄り難いから好きになれないもの。
逆に、自分にオープンな人のことは、もっと理解したいと考える。
だから、わかって欲しいなら、自分も相手のこと、わかろうと思わなきゃ!と、思うようになった。

それから最後に、もう一つ訊きたい。

「自分のことをわかってもらう努力をしている?」

普通の人間は、テレパシーが使えないから(笑)、わかって欲しいなら、いじけたり睨んだりしないで、まず、相手に「言葉で」伝えないと伝わらない
一言あるだけで、相手とのコミュニケーションが、全然変わることもある。

私は小さい時、父親を「ひどい人」だと思っていたけど、大人になってから、
「コミュニケーション下手で一言足りないだけで、中身はそんなに悪い人じゃないらしい」
と気づいた(^^;
ただ、わかってもらうには、時間がかかる(笑)
1回言ってもわかってくれないからって諦めないで、何度でも言う

でも、「自分をわかって欲しい」からって、自分のトラウマ話を延々語るっていうのも違う。

もし、逆の立場だったらどう?
自分がカウンセラーだったらともかく、人の「愚痴」とか聞きたい?自分の愚痴は聞いて欲しいけど、相手の都合をあまり考えない人。
こういう人と、あんまり一緒にいたくないよね・・・・・というのは、私は、これで友達をなくした経験があるから(^^;
私は、相手のことを友達ではなくて「吐け口」「便所」にしていただけなのだ。

それから、
「私のことをわかってくれる人は、何も言わなくてもわかってくれる。通じあえる」
っていう人がいるけど、何にもしないでそういうふうになれるもんじゃない。
そういう関係は、お互い、いっぱいケンカして、努力した先にある。

相手は、自分のことを良い意味でも悪い意味でもそんなに気にしていないものだ。

「私のことをわかってくれるのは、アナタだけ。だから好きよ」
って、口説き文句としては、アリかもしれないけど(笑)、私は、こういう人との付き合いを難しく感じる。
私のことを特別視してくれて光栄だと思う反面、私がちょっとでも「わかっていない」言動をしようものなら、こういう人は、「ひどい!やっぱりわかってくれてない!」って、逆に深く恨んだりするのだ(^^;
私は、その人にとって、「好きな人」ではなく、タダの「都合がイイ人」だっただけなのだ。

だから、
「自分のことを誰もわかってくれない」
っていう時は、自分本位で自分にも他人にも厳しくなっている時だ。
会社の社長とか、国のエラい人とか、立場上、自分のことを話すといろいろ支障がある人は、別だと思うけど・・・・・。

じゃあ、どうすればいいか。

★「自分のことをわかってくれるかどうか」ということを、人間関係の主軸に置かない

★自分と一緒に時間を過ごしてくれる人に、まず感謝する

★一緒にいる人と楽しい時間を過ごせるように努力する

★すぐに結果を求めない

★苦手だと思う人とは無理して付き合わない

★だから、相手にも過剰な期待もせず完璧も求めない

★自分ができることしかしない

★余裕ができたら相手のためにできることをする

で、タイトルの「ソウルメイト」の話。
最近、ソウルメイト探しが流行っているけど、ソウルメイトって何?

自分をわかってくれる人?自分を愛してくれる人?自分の吐け口になってくれる人?自分にとって都合のイイ人?自分の聞きたいことを言ってくれる人?自分の面倒を見てくれる人?自分の介護をしてくれる人?

自分を成長させてくれるために、たとえ嫌なことでも言ってくれる人、嫌な思いをさせる人は、ソウルメイトにならないのかな?

少なくとも周囲の人間は、自分が引き寄せた縁ある人のはず。
だとすれば、みんなソウルメイトじゃないのかな?

そう思って接していたら、いつの間にか「わかってくれなくて寂しい」と思っていない自分に気づく。
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by june_h | 2012-09-09 20:36 | 健康 | Trackback | Comments(0)

夏休みなので、小中学生がいっぱい!・・・・・なのは予想できるましたが、一人の男の子が
「ねえ、ツタンカーメンは?」
って親に聞いていて。
上野の森美術館の「ツタンカーメン展」と間違えているのかな(^^;

『死者の書』と古代エジプト人の考えた死後の世界にスポットを当てたこの展覧会。

古代エジプトの考え方だと、人間が死ぬと、その魂は、審判を受けます。
審判の神に、生前の行いについて
「訳もなく怒ったりしなかったか」「ウソをつかなかったか」
などなど、42個の質問をされますが、私は「いいえ」と答えたくなる質問が結構あって、、
「ダメだ・・・・・アタシ、地獄行きじゃん」
と思ったりして(^^;

このパピルスにも書いてありますが、エジプト神話では、天空神ヌウトは女性で、大地神ゲフは男性。
これって珍しいんですよね。他の神話では、逆が多いんです。
ギリシャ神話でも、天空神ウラヌスは男性で、大地神ガイアは女性ですから。

ツタンカーメン展にも早く行かなきゃ(^^;
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by june_h | 2012-09-07 12:31 | 美術展 展覧会 | Trackback | Comments(0)