ドストエフスキーの小説の翻訳に一生を捧げたスヴェトラーナ・ガイヤーの生涯を追ったドキュメンタリー映画です。

84歳のスヴェトラーナは、ウクライナのキエフ出身で、現在はドイツ在住。
65年ぶりに故郷に向かう旅すがら、彼女の生い立ちが語られます。

スターリン政権下、彼女の父親は政治犯として逮捕されました。
やがて、その時の拷問が原因で亡くなります。

ナチスドイツ軍がウクライナに進攻してキエフを占領した時、ドイツ語を勉強していた彼女は、ナチス将校の通訳として働くことに。

数年後、劣勢となったナチスドイツは、キエフから撤退。
スヴェトラーナは、父親を殺したスターリンには従いたくないと、ドイツに渡り、それ以来、ドイツで暮らしています。

机の上に積み上げられた、辞書のように分厚い5冊の本。
これこそ、彼女が「五頭の象」と呼び、生涯を捧げたドストエフスキーの翻訳。

翻訳家として言葉に向き合ってきた彼女の言葉は、含蓄があります。

文章は、ただ、左上から始まって、右下で終わるのではありません。
翻訳する時は、鼻を高く上げなさい(全体を見なさいという意味?)。
そうしなければ、一つ一つの言葉の意味が分かりません。

ロシア語では、
「私はカップを持っている」
という表現は、文法的に成立しません。
「持つ」の現在進行形がないからです。
「カップは私のもの」
という表現ならできます。
物を所有した時から、物に支配され、物が主体になるからです。


キエフで懐かしい街並みを見ながらロシア語を使う彼女。
彼女は、結果的に祖国を裏切ったということになるのかもしれませんが、そう単純に断罪できるわけではありません。
ウクライナの複雑な歴史を、結果的に彼女が背負ってしまったのです。

ウクライナは、地理的に、東欧とロシアが絶えずせめぎあいを続けてきた場所。
大統領が亡命し、ロシアが軍事介入している今、まさにその渦中にあります。

ドイツとロシアに引き裂かれつつも、その両方の架け橋となったスヴェトラーナの人生。
今なら、非常にタイムリーであり、多く理解できるでしょう。
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by june_h | 2014-03-02 12:15 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

ドイツの音楽家シューマンとその妻クララ、そして、彼らの弟子ブラームスの物語。

クララ・シューマン 愛の協奏曲 [DVD]

アルバトロス


シューマンは、各地でコンサートツアーを開いて音楽家として成功。デュッセルドルフの音楽監督に就任して、ようやく旅回りの生活から抜け出せたと喜んでいる。
妻のクララは、ピアニストで作曲家でもあるので、シューマンを仕事面でも家庭面でも支えつつ、たくさんの子供達を育てている。

そんな一家に、才気溢れる若き音楽家のブラームスが、住み込みの弟子としてやって来た。
シューマンもクララも、ブラームスの才能を認め、ブラームスもシューマン夫妻を尊敬している。
しかし、シューマンは、やがて、音楽監督としてのプレッシャーから精神を病んでいき、治療のためにたびたび使っていたアヘンで中毒になり、亡くなってしまう。
その後、残されたクララとブラームスは!?

史実だと、クララの死の翌年、まるで後を追うようにブラームスが亡くなっていることから
「クララとブラームスが、ただならぬ関係であったら面白い♪いや、そうに違いない!」
と、後世の一般人達は、想像してしまうわけで(笑)。
で、その想像どおりに、映画でも、二人は、なんとなくイイ雰囲気。

でも、ブラームスもシューマンもクララも、ドイツにとっては、偉大な音楽家。
3人の「偉大さ」を汚したくはないのです。

特に、クララは、美しく才能もあったことから、今でも大人気。そんなわけで、
「クララには、善き妻、善き母であって欲しい」
という願いもあってか、この映画では、ブラームスとクララの関係は「寸止め」です(^^;

中途半端な映画やなぁ、とは思いましたが(笑)、そうしたい気持ちも、わからないではない。
音楽家の映画ということもあって、シューマンとブラームスの音楽が全編で流れ、ハラハラするストーリー展開とはウラハラに、和みました(^^;
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by june_h | 2013-03-30 12:42 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

2009年に亡くなったドイツの舞踊家、演出・振付家ピナ・バウシュの作品を集めた映画。

私が初めて彼女の名前を知ったのは、野田秀樹の演劇『表に出ろいっ!』でした。
主役の家族が飼っている犬の名前が「ピナバウシュ」で(^^;
それからずっと気になっていました。

最初の演目は『春の祭典』。
ニジンスキーのでも、ベジャールのでもない、ピナ・バウシュの振り付け。
ちょっと暴力的な印象があります。

その後も、ピナが芸術監督を務めたヴッパタール舞踊団のダンサー達のインタビューと共に、ピナ・バウシュの様々な作品が登場。
ダンサー達の国籍は様々。
英語・ドイツ語・フランス語・韓国語・スペイン語など、自分の言葉で、ピナ・バウシュに対する想いを語っていました。

終わった後、私の前で見ていた女の子が
「笑いをこらえ過ぎて涙が出て来た」
と言っていました(^^;

確かに、コンテンポラリーダンスは難しい。
今回のダンスの効果音に、ガヤと笑いを足し、「コント」というコンテキストで見ると、確かに笑えます。
電車に乗って来て、いきなり踊りだしたり、カバと戯れたりするんですから。

3Dの映画を初めて見ました。
・・・・・正直、目が疲れる(^^;
あまりにイヤになって、途中でメガネを外したら、画面がボヤーンとしているし・・・・・。
私は、あまり画面にこだわる方じゃないので、これからは、2Dを選んで見に行くことにします(^^;
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by june_h | 2012-03-02 12:57 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

この映画の主人公シュテファンは、ピアノメーカー「スタインウェイ」の調律師。

スタインウェイのピアノって、イイですよね(*^_^*)
鍵盤の手触りが温かくって。
あまり弾く機会はないけど、こうやって映画で職人さんの仕事ぶりを見ると、ますますステキです♪

ピアノの調律は、ピアニストの演奏を最高のものにするための、非常に重要な作業。
ピアノ自体の最善の音を引き出さなくてはならないのはもちろん、それぞれの会場の音響、そして、ピアニストの好みに合わせて、微妙に調節しなければなりません。

シュテファンは、自作の音響板をピアノに取り付けたり、技術的にも時間的にもギリギリまで調整します。

特に、フランス人ピアニストのピエールは、音に対する注文が細かいので、呼び付けられるたびにドキドキ。
ちょうど、バッハの曲を録音するのにピアノを調律していて、ピエールから「チェンバロっぽく」というリクエストがあり・・・・・なかなか難しいこと言うのねぇ(^^;

昔、一度だけチェンバロでバッハを弾かせてもらったことを思い出しました。
私の知り合いが3歳の誕生日にご両親からプレゼントされたという本物のチェンバロ(ご両親は音楽家!)。ご自宅にお邪魔して、2声のインヴェンションの一つを弾かせてもらって、
「これがバッハの時代の音なんだ!」
って感動しましたね。

もとい、シュテファンの仕事は、第一線で活躍するピアニストのだけかと思ったら、韓国人コメディアンのピアノを使ったコントのためのネタ出しを手伝ったり。
仕事が満足にいかなかった時は、奥さん手作りのチーズケーキで慰められたり(^^;

とにかく、シュテファンがピアノに向かい合っている時、愛が溢れているんですよね!
ハンマー一つ扱うのにも、優しさと厳しさがあって。誰もついていけないような境地っていうか・・・・・アタシは、こういうマニアックな人が好きさ(^^;
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by june_h | 2012-02-03 12:49 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

スペインのカタルーニャ地方にあるレストラン「エル・ブリ」。
このレストランは、1日45席に200万件の予約が殺到する、世界一予約の取れないレストラン。
しかも、営業しているのは1年のうち6か月。後の半年は、新しい料理の研究と開発に費やすのです。

まず、新しい素材や料理法の基礎的な研究。
切ったり量ったり、パソコンにデータを入力したり、さながら化学実験室のよう。

次に、基礎的な研究を基にしたレシピの開発。
オーナーシェフのフェラン・アドリアさんは、助手の提案に対するジャッジだけで、自分では、作ったりしていないみたいです。

それから、お店に出すメニューの選択。
膨大な料理を、コンセプトや季節に基づいて組み合わせていきます。

ここまで準備したところで、いよいよお店のオープン準備!
シェフやスタッフを集めて、1か月!かけて訓練します。その間にも、メニューの試作や検討は続きます。

まず、半年も店を閉められるってことが驚き!
その分の儲けとスポンサーを確保しているってことでしょ!?・・・・・っていうか、食べに行くといくらかかるんだろ。恐ろしや(^^;

「美味しい」ということはもちろん、「驚き」を追求しているエル・ブリの料理は、どれも芸術的だけど、私は、エル・ブリの料理を、それほど食べたいと思いませんでした。

まず、エル・ブリでは、柚子、松茸、梅干し、抹茶など、日本の食材が多く使われていました。
「和洋折衷」をスペイン人がやって「前衛的な料理」と呼んでいるようなノリです。
エル・ブリのように、全てが前衛的ではないかもしれませんが、日本のそれぞれのレストランでも、似たような試みは、やっていると思うのです。
わざわざスペインまで行かなくても・・・・・って思っちゃいました(^^;

それと、やっぱり、オーナーシェフのフェランさんの作った料理が食べたいです。
オーナーシェフなのに、食べてばかりなんですもの(^^;
映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』公式サイト
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by june_h | 2011-12-24 14:33 | 映画 感想 | Trackback(1) | Comments(2)

舞台は1984年、東西冷戦下の東ベルリン。
劇作家のドライマンは、大人気で、共産党幹部からもウケが良かったが、過酷な言論統制下で、芸能活動は、大きく制限されていた。
当局に睨まれ、仕事を干された劇作家仲間の復帰を、ドライマンは、共産党幹部に嘆願。しかし、受け入れられず、ドライマンは当局にマークされ、監視と盗聴の日々が始まる。
ドライマン盗聴するヴィースラー大尉は、尋問のプロフェッショナルで、当局からも絶大な信頼を得ていたが、盗聴していくにつれ、だんだんドライマンをかばい始める。ドライマンが、東ドイツにとって都合の悪い情報を西ドイツに流したことがわかっても、知らないフリをした。
しかし、ドライマンの恋人のクリスタが裏切り、西ドイツのジャーナリストと接触していた証拠品の隠し場所を、当局にバラしてしまう。ヴィースラーが先回りして証拠品を持ち出したので、ことなきを得たが、良心の呵責に苦しんだクリスタは自殺する。

数年後、ベルリンの壁が崩壊し、ドイツは統一。
ドライマンは、自宅が盗聴されていた事実を知り、盗聴記録を閲覧する。
膨大な記録を追いながら、彼は疑問に思った。
「どうして恋人とのセックスまで記録されているのに、西側と接触していたことが記録されていないのか?」
彼は、盗聴者のコードネーム「HGW XX/7」が、自分をかばっていたことに気付いたのだった。

ヴィースラーは、閑職で孤独な日々を送っていたが、書店で、ドライマンの書いた『善き人のためのソナタ』という本を手に取る。
そこには、こう書いてあった。
「HGW XX/7に捧ぐ」
善き人のためのソナタ善き人のためのソナタ
人の生活を覗き見るって、自分の中にあるイヤなものが、どんどん引き出されてしまう行為なんだなあ。
アイツはイイ思いしてやがるっていう嫉妬とか。
コイツバカだなあっていう優越感とか。
ヴィースラーが、どうしてドライマンをかばうようになったのか、気持ちの変化がよく分からなかったけど、自分にも嫌気がさしたからかなって思ったの。
それにしても、盗聴って、お金も時間も人も膨大にかかるよね。こんなことするんだったら、もっと別のことをすればいいのにって思う。

ドイツが統一されたとき、東ドイツ時代の盗聴&密告記録を求めて、多くの市民が押し掛けたというニュースを見たことがある。
自分を密告したのは、一体誰だったのか?実は、隣の奥さんだったり、自分の家族だったりしたのだ。

ヴィースラーは、尋問のプロフェッショナルなので、何があっても全く表情が変わらない。
「HGW XX/7に捧ぐ」を見ても、やはり表情はいつも通りだったが、私と同様、ジーンとしていたに違いない。
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by june_h | 2011-06-15 12:34 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

忍耐、忍耐、忍耐の末に、信念を貫いた南アフリカ大統領、ネルソン・マンデラと、良心を貫いた彼の看守の物語。
素晴らしい映画でした。

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黒人と遊びながら育ったため、現地語であるコーサ語を解したことから、マンデラ付きの看守になったグレゴリー。彼も妻も、出世ができるチャンスだと大喜びします。
黒人を野蛮なテロリストだと考え、最初はマンデラに高圧的に接していたグレゴリーでしたが、彼の人柄と境遇を知り、黒人を差別的に扱うことに対して、疑問を持つようになります。

ある日、面会に訪れたマンデラの妻に、チョコレートを渡したことが上官に知られたため、グレゴリーの生活が暗転します。「黒びいき」だと、仲間の白人に嫌がらせを受け、出世の道は絶たれ、彼の妻も白人奥さん連中からつま弾きに。テロで被害を受けた白人に逆恨みされるなんてことも。

こうしたストレスに耐えられず、看守の仕事を辞めようとしますが、彼をマンデラの重要なパイプ役と見なしていた上層部は、それを許しませんでした。グレゴリーは以後二十年近く、マンデラに関わる仕事を続けることになるのです。

アパルトヘイト政策とマンデラの監禁を続ける南ア政府に対し、国際的な批判が強まり、ついに釈放されるマンデラ。
二十年ぶりに奥さんと抱き合うシーンに、涙が止まりませんでした。

監獄の外では、黒人達のデモや暴動やゲリラ活動が頻発していましたが、この映画ではほとんど描かれることなく、監獄とグレゴリー家の日常が淡々と語られます。

ずっと閉じ込められているマンデラも大変でしたが、グレゴリーもよく耐えたと思います。
彼の奥さんは「ごく普通の南アの白人」でしたから「あんな恐ろしいテロリストに肩入れして何やってんの?出世はどうなるの?生活はどうするの?」と旦那を責めるわけです。
彼同様、家族も忍耐を強いられたのです。

グレゴリーの息子が交通事故で亡くなったとき、グレゴリーは「たくさんの黒人を殺した報いだ」と言って鬱状態になります。
彼は、マンデラの手紙を検閲する仕事を通して知ったテロリストの情報を公安に伝えていたので、自分が直接手を下したわけではないけど、深い罪悪感に十数年苦しんでいたわけです。そこでも涙が止まりませんでした。

マンデラ釈放の日。グレゴリーは、准尉から少尉にようやく昇進。別れる前、彼は、自由憲章のコピーと共に入れておいたお守りを、胸ポケットから取り出してマンデラに手渡します。小さいとき、黒人の友達からもらったお守りでした。どんな苦境に遭っても、彼が人間らしさと良心を失わなかった大きな証です。


<関連リンク>
「マンデラの名もなき看守」(公式ページ)
「マンデラの名もなき看守」(映画詳細、映画館情報)
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by june_h | 2008-06-09 20:51 | 映画 感想 | Trackback(1) | Comments(0)

見終わった後、ぐったりフラフラしている私がいました。でも不思議なことに、最近元気がなかったけど「落ち込んでる場合じゃないな」って思うようになりました。

いのちの食べかた [DVD]

紀伊國屋書店


全編、ナレーション無し、字幕無し。良いとか悪いとか、好きとか嫌いとかの判断も無く、これをネタに労働問題とか環境問題とかを扱うわけでもなく、農場や牧場で、ただひたすら「生き物」が「食べ物」に変わっていくプロセスを写し出すのみ。

印象的なのは、全編通して聞こえる機械の音。
農薬を散布する飛行機のプロペラ音。野菜を刈り取る車のエンジン音。ヒヨコを選別する機械のモーター音。豚の胴体を真っ二つに切断するカッター音。
機械が導入されていない過程は皆無。「大量に」「安易に」「安く」「安全で」「安定した」食品を追い求めた結果の現実です。
「生き物をモノみたいに扱うなんて!」・・・・・だったらじゃあ、1個1000円のリンゴや、100g1万円のひき肉を買うかっていうと、そういうわけにはいかない。食品が安いのは、生き物の「ライフサイクル」が全部、徹底的に「管理」されているから。

映像だけではわかりませんが、牛の臓物を選り分ける食肉工場とか、数百メートルに渡ってブロイラーがぎっしり詰め込まれている養鶏場とか、スゴい臭いなんだろうと思います。働いている人達は、全然マスクをしてないんですが、慣れっこなんでしょうか。

屠殺シーンは、絶対出てくると思ってましたけど・・・・・やっぱり出てきましたけど・・・・・日頃こうした命をいただいている以上、ちゃんと見なきゃと思って見ました。
「命あるもの」が「肉の塊」に変わる瞬間。隣で見ていた女性は、すすり泣いてました。でも、泣いてる場合じゃないですよ。だってアタシたち、喜んで食べてるんだから。クリスマス前なんて、鶏肉の食肉工場は大忙しでしょうねえ。いつもより何倍もの数のニワトリが、生きたままベルトコンベアに吊るされて、頸動脈を次々と切られていくんでしょう。

最近、食の安全に関わるニュースで、ずさんな生産方法や管理体制が盛んに責め立てられていますが、私達、非難する以前に、現実を全然わかってないのです。この映画を見ると、スーパーで買う食材の見方と選び方が、ちょっとは変わるかもしれません。


<関連リンク>
「いのちの食べかた」(公式サイト)
「いのちの食べかた」(映画詳細、映画館情報)
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by june_h | 2008-02-02 10:24 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

ムダにドロドロしてる(-_-;;;感動できんかった。

4分間のピアニスト [DVD]

ギャガ・コミュニケーションズ


舞台はドイツの監獄。天才的なピアノの才能を持つ殺人犯の少女ジェニーと、彼女にピアノを教える老女クリューガーの物語。

まず、いただけないなぁ~と思ったのは、二人のそれぞれの過去の設定。
ジェニーは養父にレイプされて、養父を殺してしまった。そのせいで、人に触れられることを極端に嫌い、ちょっとしたきっかけで感情を爆発させ、他人を半殺しになるまで叩きのめす。これは、彼女の情緒不安定さとかトラウマとか繊細さが表れてるってことで、まぁわかる。
でも彼女にはさらに、恋人がいて、その恋人との子供が出産後すぐ死んで・・・・・って設定は必要だろうか?ストーリーが進むうちに、養父を殺したのはジェニーではなく、この恋人であることがほのめかされるが、単にジェニーを殺人犯にしたくなかったために、恋人の設定を無理やり付け足したようにしか思えなかった。

それからクリューガーの過去について。
彼女には、ナチスに捕らわれた共産主義者の恋人を見殺しにした過去がある。ジェニーの才能を懸命に伸ばそうとするのは、こうした過去への贖罪の意味もあったと思う。しかし、実はクリューガーは同性愛者で、恋人が女性だったということには、何の必然性も感じなかった。
だから、彼女がジェニーに生い立ちをカミングアウトすることで、ジェニーが心を開くシーンがあるが、いま一つ納得できず。必要以上に話を重くしているだけな印象。

クライマックスのコンクールでのシーンもなんか違う。
ジェニーをコンクールに出場させるために、脱獄の手引きをしてドイツ オペラ座へ向かうクリューガー。警官が舞台を取り囲む中、4分間だけ猶予をもらい、ピアノに向かうジェニー。この映画最大の見せ場だが、ここで彼女が弾いたのは、当初予定していたクラシックの楽曲ではなく、彼女の叫びとも言えるような、前衛的な音楽だった。客席は熱狂的なスタンディングオベーションに包まれたが、私はちゃんと、クラシックの曲を弾いて欲しかった。私は別に、クラシック至上主義者ではないが、ここでピアノの弦をビンビン弾いたり、譜面台をバンバン叩いたりするのは、奇をてらったオーバーな演出としか思えなかった。

韓国映画を観ていてもよく思うが、南北分裂問題を扱っていれば、一定以上の感動を生めると思いこむように、ドイツ映画でナチスを扱えば、良い映画になると安易に思っているところがあるんじゃないかしらん。

感動がついてこなかった映画だったんで、分析的に観てしまったけど、一つだけ、スゴいな、と思ったところがあった。
「あなた自身には興味はないの。興味があるのは、あなたの才能だけ」


クリューガーがジェニーに言った言葉。
普通ならとても残酷な言葉なんだけど、逆に、この言葉がとても愛情深いものに聞こえた。ジェニーも同じだったのだと思う。
殺人犯というレッテルでしかジェニーを見ようとしない人が多い中、クリューガーはある意味、あなたの過去は関係ない、とジェニーに言ったようなもの。どんなヘタなおべっかより、力のある言葉だ。だからこそ、ジェニーはクリューガーを信用したのだと思う。


P.S.
ジェニー役のハンナー・ヘルツシュプルングの背中のたくましさと、胸板の厚さ。あんなガタイの女性に殴られたら、確かに殺されそう(^^;


<関連リンク>
4分間のピアニスト 公式ページ
4分間のピアニスト(映画詳細、映画館情報)
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by june_h | 2007-11-27 21:15 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)

どうしよう、感動しちゃった・・・・・とうろたえてしまうほど、大きなエネルギーを感じた映画。

視覚と聴覚でしか訴えられない映画というメディアで、「匂い」という嗅覚をどうやって表現するのか・・・・・という興味から映画館に足を運びました。
観る前は、
ハラワタたっぷりとか一面のお花畑とか、とにかく物量勝負で観る人の嗅覚を無理矢理こじ開けるのかなあと思ったり、
やっぱり「匂い」がテーマだから、官能的で甘美で、愛憎ドロドロエログロの映画かなあ、と思ったり、
いろいろ下世話な想像をしていましたが、良い意味でどちらもバッサリ裏切られました。

まず一つは、匂いを表現するのに、音と光を効果的に使っていること。
特に、殺害された女性の部屋のドアを父親が開けた瞬間や、クライマックスの公開処刑場シーンでの表現が印象的。
そしてもう一つは、グルヌイユの感情表現を徹底的に排除していること。そのため、彼の持っている「魂を揺り動かす香りを作りたい。そしてそれを永遠に留めたい」という想いがことさら強調されます。

彼は、生まれてすぐ母親を殺され、孤児院や皮なめし場といった、パリの最底辺の世界で生きながら、誰とも人間的な心の交流を持つことができずに成長します。そのため、善悪といった世俗の価値観や、喜怒哀楽といった人間の機微は通用しません。匂いでしか、この世とつながることができなかった男です。

映画の中盤で、驚異的な嗅覚とは別に、彼の身体が持つ、もう一つの「宿命」が明かされます。実はこっちの方が重要です。この「宿命」こそが、彼の存在不安の源で、それをなんとか解消するために、「自分の生きた証として香りをこの世に永遠に留めねばならない」という狂気に自分を駆り立てるのです。逆に、元々持っていた存在不安がこの「宿命」の形で表れたのかもしれません。
実際に考えたら絶対ありえないんですが、この二つの宿命が、彼の殺人の動機と後々の展開に大きな説得力を持つのです。

彼は目的を果たすため、処女を次々と殺害して「エッセンス」を搾り取ります。冷静に考えたら、すごくグロくて残忍なことをしているんですが、映画を観ているときは、全然そんなふうに思いませんでした。それどころか、彼の一つ一つの行為が崇高な儀式に思えてくるので不思議です。気づいたら私もグルヌイユ目線になって、一緒になってワクワクしてるんです。コワい映画です。自分がコワいです。

殺人犯として捕まったグルヌイユは、自分の作り上げた究極の「パフューム」を纏って、公開処刑場の処刑台に降り立ちます。「彼を殺せ!」と騒いでいた群衆は、その香りを嗅いだ途端、彼を神のように崇めたて、公開処刑場がエデンの園にガラリと変化します。彼が纏っていたのは青い服、そして処女の香り。なるほど、聖母(処女)マリアの降臨の象徴ですね、とニヤリ。
『オペラ座の怪人』の怪人エリックが「美」に殉じたのだとすれば、『パフューム』のグルヌイユはまさに「匂い」に殉じた男なのです。

この監督さんの力量はスゴいですね。だって、ちょっと間違えば、グルヌイユがひたすらキモいホラー映画になったり、「原料」として見ていた生娘に恋をして悔い改めるなんていう安っぽい恋愛映画になったりする危険性が高い話なので。そういう落とし穴をくぐりぬけて、実際に考えたらアリエナイことだらけなんだけど、最後まで観終わると、純粋すぎる一人の男の人生の物語として、受け入れてしまっている自分がいます。
でも、ネットの感想を読むと「ただの変態映画じゃん!」っていう意見が多いですね。・・・・・ってことは、私も変態?

P.S.
チケット○○でこの映画の前売券を購入したとき。
「パフューム、ある人殺しの物語、でよろしいですね」と、大声で3回も確認されました。なぜそこを強調するんだ。ハズカシイ(^^;
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by june_h | 2007-03-04 13:50 | 映画 感想 | Trackback | Comments(0)