野田秀樹が、美輪明宏の生涯をどう描くか!?が見所の舞台。
そして、線の細い宮沢りえが、確固たる存在感のある美輪明宏をどう演じるのか興味がありました。

最初のシーンで、なるほど!そうきたか、と。

宮沢りえ演じる「男性器を踏んで女性を選択するのにためらいのある」魂と、古田新太演じるアンドロギュノス(男女両性)の魂が、男性の体に入るという設定。
地上に降りて人間として誕生後は、宮沢りえと古田新太の二人羽織状態に(^^;

確かに、あの複雑な存在感を表現するには、男優でも女優でも一人じゃ足りないと思います。

そして、美輪明宏の母親で、聖母マリアの役は井上真央。
このマリア様は、「肝っ玉母さん」みたいな、強くて図太い母性の象徴。

それに対して、宮沢りえの魂は、清らかな「処女マリア」。
そのため、マリア様の純潔の象徴である青い衣装を常にまとっています。

私は、美輪明宏さんの著書を読んでいたので、大体のシーンが何を表していたのか分かりました。
そういう意味では、いつもの野田秀樹の芝居のような「ラストにどこへ連れていかれるか分からないスリル」は、なかったのですが、「美輪明宏」という存在は、野田秀樹の芝居にピッタリだと感じました。
彼の得意なメタファーがふんだんに使えるからです。

「前世が天草四郎」というエピソードから、「踏み絵」を重要なファクターに使ったり。
「華氏764度」から、原爆につながったり。

孤独感の描き方も独特。

舞台の上の美輪は、アンドロギュノスと一緒のうちは孤独感はない。
でも、他の人と違って、アンドロギュノスを身の内に宿しているという点では孤独。

自分が愛した男達が次々と亡くなって、ついには、アンドロギュノスともお別れ。
「魂が一つ」の人間とは、別の孤独です。

それから、小道具について。
原爆のシーンに使った大きな布は、天池合繊が開発した「天女の羽衣」ではないかと思ったんですけど・・・・・多分違いますね。高すぎるもの(笑)。
あの美しい布を、あんな残酷なシーンに使うなんて・・・・・でも、すごく効果的な使い方でした。

最後に、気になったセリフを。

「無償の愛は、親が子供に与える愛を言うんじゃない。子供が親に与える愛を言うんだよ。どんなにロクでもない親でも、子供は愛してくれるんだから」

これは、きっと、子供を持った野田さんの実感ですよね(^^)
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by june_h | 2013-10-13 12:29 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

宮沢りえの離婚がちょうど明らかになったので、騒がしいのかしら?と思いましたが、私が着いた頃は静かでした(^^;

水天宮ピットは、廃校を利用した舞台。
簡易トイレなんて、久しぶりに入りました(^^;

最前列で宮沢りえちゃんの体を堪能させていただきました♪
完璧な体だよなあ・・・・・美しい顔はもちろんだけど、白く磨かれた肌、胸の谷間、くびれた腰、長い脚、漂う色香・・・・・。

正直、りえちゃんの体を舐めるように見なければ、この陰惨な舞台に耐えられませんでした(^^;

自宅に立てこもった殺人犯に、妻と息子を人質に取られた男。
彼は、妻と息子を救い出すために、逆に犯人の妻と息子を人質に立てこもった。
解き放たれた暴力と、エスカレートする残虐性。
暴走した力は、やがて自己破壊へ向かう・・・・・。

舞台で「パキッ」と音が鳴るたびに、りえちゃんの太ももをガン見して、逃避する私(^^;

最前列のチケットが当たって喜ぶべきだったのでしょうが、野田秀樹の舞台は、間近で見ると、やっぱり具合が悪くなります(^^;

1時間半足らずの短い舞台。
え?もう終わり!?と思っちゃった。
でも、この先を見たら、間違いなく夢に出てきますね(^^;;;
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by june_h | 2012-05-10 12:13 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)

相変わらず野田秀樹の舞台は生々しい。「赤鬼」の舞台を観た後のように、帰り道かなりヨレヨレ。激しく消耗。

私が野田秀樹の舞台を観たいと思うのは、たぶん「恐いもの見たさ」なんだろうと思います。
だってたぶん、どんなホラーよりスプラッタより生々しいから。人の血肉より恐ろしいのは、自分自身の内面だって、いつも目の前に、耳元に、突きつけられるんだから。

この前読んだ小説「キュア」の主人公の医者も「内臓を見るのが好きだ。ほっとする」って言ってたけど、そのフェティッシュな気持ち、私もわかります(笑)。別に、肉屋で興奮したりしませんが、要は「本物を感じるから」なんだよね。何もかも隠している表面の皮膚がウソっぽくて、食べ物溶かしたり、バイ菌殺したり、生々しいことやってる体内の方が本物の人間なんじゃないかしらって。この演劇もそんな感じ。

幸せって何だろう?生きるってなんだろう?って言葉を使うと、なんだか陳腐だけど、主人公の姉妹は、真っ正面に、その意味を探そうとしていました。

口汚く世界を呪い、人を罵る姉と。何でも無防備に受け入れてしまう妹と。人を食べても、生きずにはいられない姉と。人として子供を生まずにはいられない妹と。どちらも呆れるほど、愛おしいほど、人間らしい姿。
そして、希望も絶望も同じ、人間の妄想だと言いつつも、絶望的な世界の中で、希望を抱かずにはいられない二人。

「口の中にずっと残ってる」
「何が?」
「人間・・・・・であること」
というセリフ、なんて素晴らしいんだろうと思います。

ジェノサイドのあと、残った母子(姉妹?)の言葉の掛け合いシーンは圧巻。なぜって、自己憐憫も感傷も徹底的に排除して、無機物の単語だけで凄惨な「生々しさ」を描いてみせているから。
「愛」って言葉を使わずに「愛」を表現するのと、どっちが難しいかしら・・・・・。
これぞ、野田秀樹の真骨頂!って思いました。

宮沢りえと松たか子の豪華共演!も楽しみでした。宮沢りえ、舞台だと声が全然違うんですね。あの細い体から出ているとは思えない太い声。ビックリしました。カッコよかったです!

もう一つ楽しみにしていたのは、近藤良平さんをはじめとしたコンドルズの皆さん。一度彼らを観たいと思っていたのです。パイパー軍団を熱演(冷演?)していましたが、体の動きはきっと、彼らの意見が取り入れられているに違いありません。

キレイに生きているように見える人間ほど実は、えげつないことをやっている。多かれ少なかれ、生きていれば直接人の血肉を食べていなくても、人の命をお金に換えるようなことをしている。

これは遠い未来の話ではない。欺瞞に満ちた、2009年に生きる人間を、そして、世界を描いた舞台です。


<関連リンク>
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by june_h | 2009-01-24 18:11 | 観劇 観戦 コンサート レポート | Trackback | Comments(0)