二人とも、世間体を考えてごまかすようなことはしないし、相手の意見に合わせることもしないので面白いです(^^;
この対談、ひたすら寂聴さんが面白かった!
年を重ねてきたからか、失うものが無いというか(笑)。

死ぬってどういうことですか? 今を生きるための9の対論 (角川フォレスタ)

堀江貴文 瀬戸内寂聴 / KADOKAWA/角川学芸出版


寂聴さん、見ず知らずの人に臓器提供したくないって文句言ってたら、年齢制限超えてて誰にもできないってわかって良かった!だって(笑)。

あと、堀江さんに
「誰かが死にたいと言ったら、死んでもいいって言えますか?」
と、訊かれた時
「出家者の立場からは言えないけど、この人は死んだ方がイイと思ったことはあります」
という答えで、堀江さん爆笑(^^;

堀江さんが獄中にいた時、面会に行ったという寂聴さん。
寂聴さんは、昔から投獄者と縁があって、冤罪事件の被告の支援活動をしていたんですよね。

これで思い出したのは、
「寂聴さんの前世は、室町幕府に追われた、南朝の長慶天皇の寵姫だった」
という美輪明宏さんの言葉(『ぴんぽんぱん ふたり話』より)。
寂聴さんの魂は、時の権力に踏みにじられた人達を慰める役割を持っているのでしょう。

堀江さん、Twitterでも対談でもなんでも常に、検察のことに言及しています。
検察のシステムは、容易に冤罪が作られるようになっている、特高以来、変わっていないんじゃないか、とか。

そして、ネットの悪口について。
「悪口って、言ってる側は実はそんなに真剣に言ってない」
という堀江さんの言葉に納得。

テーマや相手について、真剣に考えていれば、おいそれと批判なんてできないと思うのです。
知れば知るほど、善悪白黒ハッキリ言えないって、わかってきますからね。

あと、いつも不思議に思うのですが、堀江さんからは「自分はどうせモテない」っていう思考を感じます(笑)。
モテる男性の思考回路ではありません。
お金持ちで、女性もたくさん寄ってくるでしょうに。

寂聴さん、この対談のために京都から日帰りだったそうで。お元気ですね(^^;
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by june_h | 2015-02-06 14:31 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

3月11日の震災後。
堀江さんにとって、大きなキーワードとなったのは「ツイッター」と「収監」でした。

0311再起動 君たちに東日本大震災後の世界を託す

堀江貴文 / 徳間書店


堀江さんは、震災時、北海道にいたので、大きな揺れを経験したわけではなかったのですが、彼のツイッターのタイムラインに、次々と緊急を要する情報が入ってきます。

事態を知った堀江さんは、不眠不休で安否情報などを拡散したり、情報を求めるフォロワーを適切なサイトに誘導したり、募金を募ったりして積極的に活動。
そんな堀江さんのツイートに、次々と「情報ボランティア」が集まり、原発や計画停電などに関する有用な情報を提供し始めました。

堀江さんは、情報を取捨選択して拡散したり、情報ボランティア達に「数値を出して」「分かりやすくビジュアル化して」と指示。情報がどんどんブラッシュアップされていきました。

私は、震災前から彼のアカウントをフォローしていて、この様子をつぶさに見ていました。
その時の堀江さんは、まるで64万人の社員(フォロワー)を動かす社長のようであり、堀江さんのアカウントは、巨大なメディアかつ情報インフラと化していたのです。

震災後に、彼の収監が決まったのは、こうした活動が原因だったのかもしれません。
恐らく、彼の影響力を「誰か」が恐れたのです。

昨今の秘密保護法案も、ネットによる発言の取り締まりを視野に入れてのことでしょう。
ジャスミン革命のような事態を恐れているのかもしれません。
今は、どの国でも、イデオロギーに関係なく、言論を統制する方向に傾いていますね。北朝鮮を全然笑えません・・・・・。

また、「今の日本は、過去の成功体験から抜け出せずにいる」と彼は言います。
借金して大きなお金を動かしてバラまくという、発展途上国型のビジネスモデルをいまだに続けています。
その最たるものが、オリンピック誘致であり、リニア計画なのではないでしょうか。

震災後、既存メディアは、不安と恐怖を煽るだけした。
そればかりか、ネットの情報は信用できないと断罪したり、都合の良い情報ばかり流したり。
かえって信用を失ったように思います。

そんな中、堀江さんは、次に何が必要になるか、次に事態はどうなるか、常に道筋を示していました。
これは、彼が強引に扇動したわけではありません。金儲けのためでもありません。
皆の必要に応じて彼が提供していったものが積み重なっただけに過ぎないのです。

最後に、瀬戸内寂聴さんとの対談があります。
二人に共通しているのは、自分を曲げないこと。好奇心が強いこと。そして、「頼まれ事を引き受ける」という姿勢。

寂聴さんは、悩んでいる人の話に耳を傾けているうちにたくさんの人が集まってきました。
堀江さんは、メルマガに寄せられる質問に答えているうちに、購読者が増えていきました。

私は、この前受けたセミナーの講師に、こう質問しました。

「あなたの究極の目的は何ですか?研究を極めることが望みですか?それとも人々の幸せのために行動しているのですか?」

すると、講師は、こう答えました。

「望みはありません。皆の必要な情報を提供し、質問に答えていくだけです」

人が集まってくる人には、共通点があるようです。
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by june_h | 2013-10-17 12:26 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

「瀬戸内寂聴が書いた『秘花』」っていうだけで、なんかエロい感じがする(^^;
実際、「秘すれば花」を、とんでもない意味で使っていて、思わず「ぇぇええーっ!」と声を上げてしまった。
寂聴さんといえば、性的描写がお約束なのはわかっているけど、朝の通勤電車で読んでいて、男色だの3Pだの出てくると、さすがにクラクラする・・・・・(-_-;;;

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正直言って、寂聴さんの文章は、好きじゃあない。
粗っぽいし、説明臭い。読者に分かりやすくって配慮はわかるけど、なんか読んでてガッカリすることが多い。彼女の『源氏物語』も、1ページ目で挫折。エッセイはおもしろいんだけどなぁ・・・・・と、ここまで好き放題言っといて、最後まで読んだのは、私が今、気になっている、世阿弥がテーマだったからなのね。

学校の歴史の授業で習った「世阿弥」は、「『風姿花伝』を著し、能楽を大成させた人物」って文を結びつけて、機械的に暗記しただけで、彼がどうやって生まれて死んだかなんて知らなかった。

時の将軍、足利義満に、芸も肉体も寵愛され、一座は繁栄。我が世の春を謳歌していたが、やがて飽きられ、捨てられ、次の将軍の義持の御世に移ったときには、一座は凋落していく。
養子にした甥の裏切り、長男の早死、次男の出家。世阿弥を次々と不幸が襲うが、至芸への情熱は衰えなかった。しかし、ついには、佐渡に配流される。

『風姿花伝』が書かれたのは、彼が最も繁栄していたときではなく、一座の勢いが衰え始めた義持の時代の頃。
世阿弥の一生だけで考えると、その期間は不遇の時だったが、芸を深め、自己とじっくり向かい合うことで、後世の人間にとって重要な名著が生まれた時期でもあったのだ。人生って、わからない。
もしかして、彼が一生、義満から可愛がられ続けていたら、この大著は生まれなかったかもしれない。
『風姿花伝』も、先日読んだが、「始まったばかりで客がザワザワしている時の対処」とか、「客を飽きさせないための演目の構成」とか、とても論理的でわかりやすく、現在の演劇に携わっている人たちが読んでも、十分納得できるものではないだろうか。

この本の後半では、流刑に遭った貴人達の心情が描かれている。
特に興味深かったのは、承久の乱で、後鳥羽天皇のとばっちりを受けた順徳天皇。
20代で佐渡に流され、二十余年。赦免され、都へ戻る希望を胸に生き長らえたが、とうとう望み叶わず、自ら命を絶ったという。
歌舞伎の『俊寛』でおなじみの俊寛も、鬼界ヶ島に流され、娘が亡くなった知らせを聞いたとき、食を断って自害した。
都への想い。娘とのつながり。自分を支えていた想いが断ち切れたとき、人は死を選ぶ。

では、世阿弥は、何を支えに、佐渡で日々を送っていたのか。著者は「芸への想い」と考え、能の脚本の制作に精魂を傾ける世阿弥の最期を描く。

うーん、でも、芸術を文章にするのはつくづくムズカシイ。
『ローマ人の物語』でおなじみの塩野七生さんも、レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯を書こうとしたらしいけど、「芸術を文章にするのは難しい」という理由で、まだ書かれていない。是非、書いてほしいところですが・・・・・。

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by june_h | 2007-11-07 21:41 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)