聖地巡礼Beginning」に続く、内田先生&釈先生による聖地巡礼紀行です。
私、今までに二度、熊野に行こうとして、結局、行けてないんです。
一度目は、具合が悪くなって、二度目は、強風で南紀白浜空港に着陸できなかったという(笑)。
なので、この本を読んで、本当に羨ましいし、早く行きたいと思いました(^^;

聖地巡礼ライジング: 熊野紀行

内田 樹 / 東京書籍


縄文時代に日本列島に住んでいた人は、弥生時代に渡って来た大陸人によって、沖縄や北海道に追いやられたと言われていますが、熊野のあたりにも、追いやられたと言います。
内田先生は「熊野バリ島説」を唱えていらっしゃいます(笑)。
なのでかは分かりませんが、熊野のあたりは、近世まで水葬していたんだそうです。
舟で西方浄土へ向かう「補陀落信仰」ができたのも頷けます。
文化が違う感じ(^^;

平安時代末期、熊野詣が盛んでした。
和泉式部が熊野を訪れた際、月の障りに当たってしまい、お参りができないと嘆いていたら、夢に熊野の神様が出てきて「気にしなくてイイよ」と告げたとか。
熊野の神様はおおらかなのでしょうか(^^;

熊野詣といえば、後白河法皇。
生涯、数十回も熊野に行き、何日も籠る修業もしたんだとか。

後白河法皇は、和歌全盛期に今様にハマッたりして、私の中では「ロックな天皇」のイメージだったんですけど(笑)、熊野というスピリチュアルなパワースポットにハマッていたということで、「後白河法皇ヒッピー説」を、私は唱えたいと思います(笑)。

熊野は、パワースポットで有名ですが、内田先生は「ここはエネルギーがイイ」とか、言うことが、どんどんスピリチュアルになっていくので面白いです(笑)。
内田先生が良い場所だ!と盛んに言っていた、元々、本宮があったという大斎原にも行ってみたいですね♪

今度は、長崎のキリシタン文化を訪ねるらしい。
日本では、古くから神道と仏教が「習合」し、キリスト教とも、クリスマスや結婚式などを通して「習合」しつつあります。
今後は、イスラム教とも「習合」していくだろうと、内田先生。
どうなりますことやら・・・・・。
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by june_h | 2015-06-24 12:46 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

臨済宗僧侶で芥川賞作家の玄侑宗久さんと、浄土真宗僧侶の釈先生との対談。
ちなみに、タイトルは「じねんをいきる」と読みます。

自然を生きる

玄侑 宗久,釈 徹宗/東京書籍

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釈先生、AVの監督と対談したことがあったらしく、

「日本のAVは世界一。ありとあらゆる欲望に対応しているから。たとえ中国に脅されたとしても、AVの輸出を止めれば、中国は、あっという間に困るでしょう」
だそうな(^^;

玄侑さんも
「どうして日本人は「いく」というのでしょう。英語も中国語も「来る」なのに。「往生」と関係あるのでは?」

・・・・・お坊さん二人が、一体何の話をしているんでしょう(^^;

釈先生は、浄土真宗のお坊さんなのに、
親鸞さんが現代にいたら友達にならないと思うんです。苦悩ぶりがすごいでしょ(笑)。
とミもフタもないことを仰っていて、電車の中で大笑いしそうになりました(^^;

確かに、求道者とか宗教者とか哲学者とか、素晴らしい方々とは思うのですが、友達や家族や恋人だったらめんどくさそうです(笑)。

そうだなー。私だったら、どうせお友達になるんだったら、蓮如さんの方がいいかもなー。
誰からも好かれて人望も厚かったみたいだし、子供もたくさんいたみたいだし(笑)。

・・・・・こんな話ばかりではなくて、神道における道教の影響とか、仏教の東西の違いとか、ちゃんとマジメな話もしています。

あと、なんでも効率と便利さとグローバリズムを追う現在、敢えて閉じて不便さを共有することが大切なのでは、という話が印象的でした。

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by june_h | 2014-01-11 12:29 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

内田先生の対談本は数多くあれど、「歩きながら対談した」というのは、なかなかないでしょう(^^;
どうやって記録したんだろ?
ピンマイクでも付けていたのかな?

内田先生と浄土真宗僧侶の釈先生が、大阪・京都・奈良の「聖地」を巡りながら対談した本です。

聖地巡礼 ビギニング

内田 樹 / 東京書籍


この本で紹介されている場所で、私が行ったことのある場所は、大阪の四天王寺、京都の清水寺、奈良の大神神社くらいかな。
大阪の生國魂神社には、ぜひ行ってみたいですね。伊勢神宮より古いそうな。
内田先生は、身体感覚が優れているので、場のエネルギーをすぐに感じるようですね。

釈先生の仏教や寺社にまつわるうんちく話が面白いです。
三輪名物「三輪素麺」の価格は、神様が決める(くじ引き)とか(^^;

あと、日本人の「神」に対するメンタリティの話が興味深かったです。
日本人は昔から、おかしな形の岩だったり、スゴい能力を持っている人間に対しても「神」と呼ぶそうです。
なので、最近の若い人が
「マジ神なんだけど!」
と連呼するのは、日本人のDNAに刻まれている感受性的に正しいということになりますね(^^;

パワースポットブームやらクールジャパンやらで、寺社が見直されている一方、無造作に「聖地」が壊されている現状もあるわけで。
京都に古墳があったそうですが、携帯電話会社が基地局を建てたせいで、破壊されたらしい。
こんなムチャクチャなことって、あるんですね・・・・・。

寺社巡りをするなら、釈先生みたいなお坊さんにガイドしてもらいたいな(^^)
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by june_h | 2013-11-25 15:41 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

浄土真宗の僧侶で、映画マニアの釈徹宗さん。
浄土宗の僧侶で、元映画プロデューサーの秋田光彦さん。
そんな二人が、映画と仏教について語り倒している本です。

仏教シネマ (お坊さんが読み説く映画の中の生老病死)

釈 徹宗 / サンガ


釈さんは
「もし、僧侶は映画を見てはならないという法律ができたら、僧侶辞めます」
と、豪語(^^;
(タイのお坊さんは、映画鑑賞を禁じられているそうです)

秋田さんは
「ゾンビ映画、好きなんです」
と、嬉しそう(^^;
二人の「溺れっぷり」がイイ!

釈先生は、宗教に関する映画には、
・タイプA:特定の教団が制作したプロパガンダ的映画
・タイプB:宗教をモチーフにした映画
・タイプC:宗教をモチーフにしていないけど、宗教的なスピリットを感じる映画
があると言います。

このうち『嫌われ松子の一生』は、タイプCに入るんだとか。
タイプAは「いただけない」と仰いますが、私もそう思います。
演劇も映画も、シュプレヒコールじゃ、観客は、ドン引き。
映画の登場人物が、教義を叫ぶのでなく、見終わった後の観客の内側から、宗教心が湧き上がるようなものでなければね(←偉そう)。

お二人が話していた映画『蕨野行』を見てみたいと思いました。
登場人物の、レン(市原悦子)が
「今生が楽しいところなら、もう還ってこない。苦悩の地だからこそ還ってくる」
というセリフが印象的。
どんな映画なんだろう!?

お二人とも共通して、『おくりびと』には、批判的。
あの映画が成功したのは、特定の宗教色を排したからというのが大きいのですが、そのせいで、儀礼的な部分ばかりが強調されてしまい、「人間は、どこへ帰って行くのか」という根源的な部分が、ほとんど描かれていないのだと。

この本の最後の方は、映画については、ほとんど語られず、「現代日本社会における仏教の役割について」が、テーマのようになっていました。
「葬式仏教」と揶揄されるようになって久しい日本の仏教ですが、お二人とも、仏教の僧侶としてできることをしたいと真剣。
実際、釈先生は、認知症患者のためのNPOを立ち上げています。

阪神淡路大震災・東日本大震災の経験、孤独死や無縁墓が増加している昨今、コンビニの数より多い寺院ができることはないか、新しいコミュニティの形はないか・・・・・。
いろいろと考えさせられました。
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by june_h | 2013-03-13 12:21 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

釈先生の講義が面白いのは、ただ概要を追うだけではなくて、先生ご自身が「面白い!」「好きだ!」「ヘンだ!」と思っている箇所を話してくれるからだと思います。
で、この本には、各宗教の概要が書かれているわけですが、いくつか気になる教義や比較がありましたので、書いてみます。

宗教聖典を乱読する

釈 徹宗 / 朝日新聞出版


■ヒンドゥー教のスヴァダルマ
スヴァダルマとは、個人がこの世で為すべきこと。
ある国の王子が、隣国と戦わなくとはならなくなり、殺生をしなければならないので悩んでいたら、夢の中に神様が出て来て「自分が為すべきことを為せ」と言われた。
それで、王子は、迷わず戦って勝利したそうな。


■ヒンドゥー教の「有」と仏教の「無」
ヒンドゥー教は、仏教と神様がカブッているから、似ていると思っていたのですが・・・・・。
ヒンドゥー教では、この世は「有」だと説き、仏教では、この世は「無」であると言う。
正反対じゃん!
だから、ヒンドゥー教徒は、仏教を「異端」だと言うそうな(^^;


■「行為重視型」のユダヤ教と「内面重視型」のキリスト教
ユダヤ教には、やってはいけないことがたくさんあります。
「戒律を守るけど神様を信じていない人」と「戒律は守らないけど神様を信じている人」なら、前者の方がイイとされるのがユダヤ教です。
そんなわけで、ユダヤ教は、行為重視型の宗教と言われています。
反対に、キリスト教は、内面重視型。信仰心がとにかく大事。
だから、ユダヤ教徒が律儀にやっている割礼を、キリスト教徒は、受け継がなかったのですね!


■イスラム教の「ラーハ」
大抵の文化は、1日の時間をパブリックとプライベートの2つに分けるのですが、イスラム教の場合、パブリックな「シュグル」、プライベートな「ラアブ」、さらに3つ目の「ラーハ」に分けます。
ラーハとは、ぼんやりしたり、お祈りしたり、瞑想したりする時間です。
イスラム教では、このラーハを最も重視します。
「頑張ってる時間」と「倒れてる時間」の二つしかない私にとっては、参考になる考え方です(笑)。


■弱者のためのキリスト教
キリスト教は、迫害を受けてきた人のための、典型的な「弱者の宗教」。
「苦しめば苦しむほど正しい道を行っている証拠だ」と説く「受難の物語」があります。
これで、韓国でキリスト教が定着した理由がわかりました。
韓国人の友達曰く
「韓民族は、有史以来、平均すると、3年に1回戦争している計算になる」
そうです。
こうした過酷な歴史と、キリスト教が提供する物語がマッチしたんですね。


■神道とキリスト教の「罪」の違い
キリスト教では、「罪」は、アダムとイブが犯した「原罪」であり、人類が背負うべき重たい物ですが、神道の「罪」は、一時的な「ケガレ」の状態であって、「禊ぎ」をして流すことができると考えます。
この違いから、私は、河合隼雄先生の本にあった、長崎のキリシタンの話を思い出しました。

アダムとイブは、知恵の実を食べた後、楽園を追い出されてしまいますが、キリシタンに伝わっているこの話には、なんと、続きができていたのです!
楽園を後にするアダムとイブに向かって、神様は
「500年経ったら許してやろう」
と、言ったんだとか!!!
大事な原罪の話が「まんが日本昔ばなし」みたいな話になっちゃってたという(^^;
スゴく日本的ですよね。
でも、西洋人の学者さんは、この話を聞いて救われたんだそうです。キリスト教徒として、小さい時から原罪意識に悩んでいたからなんですって!
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by june_h | 2013-03-11 12:19 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

京都新聞に連載されていた、浄土真宗の僧侶、釈徹宗さんによる人生相談をまとめた本です。

仏教ではこう考える (学研新書)

釈 徹宗 / 学習研究社


「人生相談」というと、「夫の浮気で悩んでます」とか「息子の借金で困ってます」みたいな、生活に直結するような質問をよく見かけますが、この本には、

「仏教では、平等を説いているのに、寺や僧侶に階級があるのは、なぜですか?」
という、お坊さんの喉元にナイフを突き付けるような質問があったり(笑)、

「この世は、無ですか?有ですか?」
という、誰も答えられないんじゃね?みたいな質問もあったり(^^;
京都という土地柄なのか、宗教的にレベルが高い質問ばかり。

中には、
「浄土真宗では、般若心経を唱えないのはなぜですか?」
のような、仏教について、よくわかっているような質問もありました。
釈先生を妬んだ「同業者」が、
「この若僧が、どこまでデキるか試してやろう」
として、わざと送って来たんじゃないかと、勘ぐってしまいます(^^;

釈先生に好感が持てるのは、自分の知識を自説であるかのように語るのではなく、
「仏教の××では、こう言っている」
のように、引用元を明らかにされる所ですね。

しかし、「霊が見える」「霊が取りついて困る」のような相談には、徹底的に科学的根拠に基づいて答えています。
これは、釈先生が、職業柄、霊感商法や新興宗教の勧誘などでトラブっている人によく会うためです。このことには、大変、憤っていらっしゃいました。

こうして、いろんな人の相談に乗っている釈先生ですが、本当は、「私のことは、放っておいてください。あなたにも関わりませんから」というタイプなんだそうです。
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by june_h | 2013-03-08 12:14 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

ヒンドゥー教、神道、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、仏教の「聖典」の一部を紹介しながら、それぞれの宗教の特徴を知り、比較されている本です。
釈徹宗さんの、カルチャーセンターでの講義が基になっています。

宗教聖典を乱読する

釈 徹宗 / 朝日新聞出版


先生ご自身は、浄土真宗の僧侶ですが、「宗教を学べば、人間がいとおしくなる」という信念の下、「仏教が一番!」と語るわけではなく、様々な宗教にお詳しい方です。

興味深かったのは、先生が「ユダヤ人に、とてもシンパシィを感じる。自分の前世は、ユダヤ人だったんじゃないかと思うくらい」
と語っていること。
・・・・・浄土真宗とユダヤ教なんて、対極にあるような気がしてならないのですけど(^^;

もしかしたら、先生は
「対極を学んで中庸を知り、多くの人間についての理解を深める」
という修業をなさっている魂なのかも、と、勝手に妄想しました(笑)。

宗教の問題について、日本人は、わりと無頓着だと思いますが、世界的に見れば、こういう日本人の方が特殊なわけで。
宗教を知らなくては、世界中で起きている問題を理解するのが困難な場合もあります。

「イスラム原理主義」「イスラエル問題」「チベット問題」など、宗教に関する諸問題についても「補講」として書かれています。

また、面白いのは、それぞれの宗教に関する「オススメ映画」も紹介されていること。
先生は、映画やマンガや落語もお好きなんですよね!
私も好きなので、親近感があります。

それぞれの宗教の特徴や比較について、興味深かったので、別エントリーで書きます。
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by june_h | 2013-03-05 12:24 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

浄土真宗の僧侶の釈徹宗さんと、天神祭の研究者 高島先生の、ナカノシマ大学での講義録です。

大阪の神さん仏さん

釈徹宗 / 140B


私が「大阪の神さん仏さん」と聞いて連想するのは、「えべっさん(今宮戎神社)」でしょうか。
行ったことはないですが、季節のニュースで、よく十日戎の風景が出てきて、大阪出身の母が
「しょーばいはんじょで さっさもってこい!」
って、歌っていました。

この講義では、高島先生のご専門の「すみよっさん(住吉大社)」の天神様について、主に語られています。
天神様の成立って、とても日本的なんですよね。

天神様とは、菅原道真のこと。
道真を左遷した藤原氏が、彼が怨霊になるのを恐れて、神として祀ったのが始まりです。

日本人が不思議なのは、「敵」を殲滅しないで、神として祀ったり、敵を遠ざけるどころか、敵の懐に飛び込んで同化したりしますよね(^^;
内田樹先生は、それを「アマルガム」って、よく言ってます。

神道は、多重構造になっているそうです。
神様に対する神事と、氏子のための神事と、皆で楽しむための観光行事と。
この多重構造によって、芯を守りつつ、多くの人を取り込めるようになっています。

これって、日本語にも言えますよね。
カタカナなんかで、外来語をいくらでも取り込めるようになっていますが、どんなに取り込んでも、日本語は日本語のままです(^^;

「仏さん」の方は、釈先生のご専門で、大阪にも多い浄土真宗についてです。

浄土真宗の開祖の親鸞は、それまで蔑まれていた職人や非定住者に「凡夫も悟ることができるのだ」と、誇りを与えました。結果、彼らは、次々と信者に。
そして、戦国時代には、加賀を「百姓の治めたる国」にし、織田信長を悩ませるほどの勢力へと成長するのです。
また、浄土真宗は、キリスト教のプロテスタントとよく比較される「合理性」が特徴です。
占いや迷信は、気にしない傾向があったんだとか。
今の大阪人の合理性にも通じますよね(^^;

釈先生の他の著書も読んでみようと思います。
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by june_h | 2013-02-15 12:41 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

内田先生と、浄土真宗僧侶の釈先生と、精神科医の名越先生の鼎談です。
「現代人の祈り 呪いと祝い」  釈徹宗×内田樹×名越康文「現代人の祈り 呪いと祝い」  釈徹宗×内田樹×名越康文
インターネットに溢れる批判や陰口によって、誰かが自殺したりする。これは、現代の「呪い」である。ネット上では、ありとあらゆる呪いが氾濫し、大きな力を持っている。

一方で、呪いは、同じコミュニティの人にしか効果が無い。
相手がネットの悪口を読まなければ伝わらない。また、日本語しか分からない人には、英語の悪口は意味が無い。
しかし、呪った本人は、確実に呪われている。自分で自分に呪いをかけてしまうのである。

内田先生が「好きな民話」として挙げた韓国の民話、私も好きです。

途中で転ぶと死んでしまうと言われている道で、ある老人が転んでしまった。
老人は、ショックで寝込んで、今にも死にそうになってしまう。
ある若者が「本当は、1回転べば10歳、2回転べば20歳若返る道なんですよ!」
と伝えたところ、老人は、もう一度その道で何度も転んで元気になった!というお話。

それから、「聖人の顔と性格」についての議論も面白かったです。

イエス・キリストの肖像画は、大抵、穏やかで、優しそうな顔が多いですが、聖書によると、キリストは、大食いで大酒飲みで、酔っぱらうとクダを巻く人だったそうです(^^;
もちろん、聖人君主的な部分はあったと思います。でも、どんな世界でも「創始者」と言われる方は、道無き道を素手で切り開き、いろんなヒトやモノと闘わなければならないので、穏やかなだけでは、いられなかったと思うのです。ストレスも溜まって酒でも飲みたくなるでしょうし(笑)。
なので納得です。
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by june_h | 2011-06-16 09:11 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)

内田先生と、浄土真宗本願寺派の釈徹宗さんによる掛け合い漫才?のような講義録。日本人の精神性や宗教観、日本の宗教の歴史等々、多岐に渡って語られています。
現代霊性論現代霊性論
実際の授業を本にしたものらしいですが、いいなぁ~。こんな授業なら、最前列でガッツリ受けてみたいわあ\(^O^)/
面白くって、一気に読んじゃいました!

釈さんは、『いきなりはじめる浄土真宗』『はじめたばかりの浄土真宗』でも、内田先生と対談しています。
浄土真宗だけではなくて、日本の新興宗教についても、すごく詳しくご存知なので、驚きです!

明治時代に徹底的に弾圧された、大本教の出口王仁三郎は、その後に日本にできた宗教に、とても大きな影響を与えていたのですね。

印象的だったのは、
「神道は、きれい好きな宗教」
という、内田先生の言葉。
汚れたらすぐ掃除、穢れたら禊ぎ、みたいな(^^;
神道がきれい好きだから、日本人もそうなのか、日本人がきれい好きだから、神道もそうなのか・・・・・と考えている私の部屋は、今、とても散らかっています(笑)。
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by june_h | 2010-11-30 18:29 | 本 読書 書評 | Trackback | Comments(0)